第13話 宝は、土の中にはなかった
夜明け前のルーデンは静かだった。
霧が畑を覆い、草の先には朝露が光っている。
それでもリディアは眠れなかった。
台所帳を胸に抱えたまま、一睡もできなかったのだ。
『ルーデンには、王都も知らない宝がある』
その一文だけが頭から離れない。
「宝って……何なの」
金銀財宝なら、とっくに見つかっているはずだ。
セドリックも知らない。
村人も知らない。
なら、誰が隠したのだろう。
考え込んでいると、扉が小さく叩かれた。
「先生、起きてる?」
ノアだった。
まだ眠そうに目をこすっている。
「宝探しに行くんでしょ?」
リディアは思わず笑ってしまった。
「まだ誰にも言っていないのに。」
「先生、分かりやすいもん。」
ノアはにっと笑う。
「困った顔してる時は、何か見つけようとしてる。」
その言葉に少し肩の力が抜けた。
「そうね。一緒に探してくれる?」
「もちろん!」
朝食を終えた二人は、まず食料庫へ向かった。
樽。
袋。
干し草。
床板の下。
古い棚。
隅々まで調べる。
何もない。
「外れかぁ。」
ノアが肩を落とす。
「まだよ。」
次は納屋。
壊れた荷車。
古い農具。
錆びた鎌。
使われなくなった石臼。
どれも宝とは思えない。
「先生!」
ノアが土を掘り始めた。
「埋まってるかも!」
二人で掘る。
掘る。
掘る。
出てきたのは
石。
根。
ミミズ。
「違うかぁ。」
昼。
セドリックも加わる。
「屋敷の地下は?」
三人で地下倉庫へ。
暗い。
湿っている。
古い酒樽だけ。
何もない。
「……おかしい。」
リディアは台所帳を見つめた。
先代領主夫人は
こんな意味のないことを書く人ではない。
ページをもう一度めくる。
料理。
保存。
献立。
家計。
農作業。
どれも細かい。
そして最後の余白。
小さな染みがある。
「これ……」
水滴ではない。
何かをこぼした跡。
鼻を近付ける。
「甘い……?」
セドリックも覗き込む。
「匂いが残っているのか?」
リディアはページを閉じた。
甘い。
果実。
でも違う。
「ノア。」
「うん?」
「ルーデンで、一番たくさん採れるものって何?」
「え?」
ノアは少し考えた。
「森なら木の実。」
「違う。」
「川なら魚。」
「違う。」
「畑なら麦。」
「違う。」
「えぇ?」
マルタが笑いながら入ってきた。
「そんなもん決まってるじゃないか。」
三人が振り向く。
「誰も食べない赤い実だよ。」
「赤い実?」
「ああ。」
マルタは窓の外を指差した。
「あの森に、腐るほど生えてる。」
リディアの鼓動が速くなる。
「誰も食べない?」
「酸っぱくて渋くて食えたもんじゃない。」
「全部捨ててるよ。」
その瞬間。
《食養眼》が淡く輝いた。
視界の奥に
森一面。
赤い実。
そして
淡い金色の光。
リディアは息を呑む。
「……これだ。」
「え?」
ノアが首を傾げる。
リディアは笑った。
追放されてから初めて。
心から。
「ルーデンの宝、見つけた。」
その時だった。
屋敷の外から兵士の叫び声が響く。
「領主様!」
全員が立ち上がる。
「徴税官が……!」
一拍置いて、
「予定より早く戻ってきました!」
リディアたちの顔から笑みが消えた。
三日。
そのはずだった。
まだ、一日しか経っていない。




