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家庭料理しか作れないと追放された宮廷料理人ですが、 一汁三菜で辺境を建て直したら、 王都より豊かな領地になっていました  作者: 花結 紬


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第12話 税とは、命より重いものですか

広場に漂っていた温かな湯気が、すっと冷えていく。


 王国の紋章を掲げた五騎の騎馬。


 その先頭に立つ男は、馬から降りることなく食卓を見下ろしていた。


 年の頃は四十代半ば。


 銀縁の眼鏡を掛け、制服は皺ひとつない。


 腰には剣があるが、一度も抜いたことがないような細い腕だった。


「ルーデン領主、セドリック・ルーデン」


 男は羊皮紙を広げる。


「王国徴税局、第四監査官オスカー・ベルンだ。」


 声には感情がない。


 ただ書類を読み上げる役人の声。


「滞納税金、銀貨八百三十七枚。」


 広場が静まり返る。


「支払い期限を過ぎている。」


 セドリックは静かに前へ出た。


「猶予を申請していたはずだ。」


「却下された。」


「通知は届いていない。」


「送った。」


「届いていない。」


「送った。」


 同じ言葉を繰り返すだけ。


 リディアは違和感を覚えた。


(この人……会話をしていない。)


 相手の言葉を聞いていない。


 決められた答えだけを返している。


「よって」


 オスカーは食卓へ目を向けた。


「差し押さえを開始する。」


 兵士が前へ出ようとする。


「待ってください。」


 リディアが一歩踏み出した。


 兵士たちの視線が集まる。


「あなた方も見たでしょう。」


 大鍋を指差す。


「これは贅沢な料理ではありません。」


「見れば分かる。」


「なら、この食料を持って行けば、この村はどうなりますか。」


「飢える。」


 即答だった。


「……分かっているのですね。」


「もちろん。」


 オスカーは表情を変えない。


「それでも税は徴収する。」


 その一言に、広場が凍りつく。


「税とは国の血液だ。」


 彼は淡々と続けた。


「一つの領地を特別扱いすれば、他の領地も納めなくなる。」


「でも!」


 ノアが叫ぶ。


「みんな死んじゃう!」


「それは私の仕事ではない。」


 ノアは言葉を失った。


 リディアは初めて怒りを覚えた。


 王宮でも理不尽は見てきた。


 だが目の前の男は違う。


 悪意ではない。


 だからこそ恐ろしい。


 人を見ず、数字だけを見ている。


「兵士。」


 オスカーが命じる。


「食料を確認しろ。」


 兵士が大鍋へ近付く。


 その瞬間。


 ガタン。


 一人の老人が鍋の前へ立った。


「この鍋は渡さん。」


 震える声だった。


 続いて女性が立つ。


「私も。」


 鉱山の男も。


 子どもたちも。


 誰一人、武器は持っていない。


 ただ鍋を囲むように並んだ。


 セドリックが驚いたように彼らを見る。


「お前たち……。」


 老人は笑った。


「さっき先生が言ったろ。」


 先生。


 その言葉にリディアは目を見開く。


「誰も食卓から外さないって。」


 鉱山の男も頷く。


「だったら俺たちも同じだ。」


 兵士たちは足を止めた。


 目の前にいるのは武装した敵ではない。


 空腹の村人だ。


 オスカーだけがため息をつく。


「愚かな。」


 彼は書類を閉じた。


「三日だ。」


 広場の全員が顔を上げる。


「三日以内に銀貨八百三十七枚。」


 彼はリディアを見る。


「払えなければ。」


 ゆっくりと食卓を見渡した。


「今度は食料だけでは済まない。」


 馬へ乗る。


「家畜。」


「農具。」


「畑。」


「すべて王国の資産として差し押さえる。」


 静かな声だった。


 だからこそ重い。


 蹄の音が遠ざかっていく。


 誰も追いかけない。


 誰も動けない。


 三日。


 銀貨八百三十七枚。


 ルーデン領には到底払える額ではない。


 リディアは大鍋を見つめた。


 湯気はまだ立っている。


 温かい。


 でも。


 このままでは。


 三日後には、この鍋すら失う。


 セドリックが小さく呟いた。


「終わった……。」


 その声を聞いた瞬間だった。


「いいえ。」


 リディアは顔を上げる。


「終わりません。」


 広場中が彼女を見る。


 リディアはゆっくりと台所帳を開いた。


 先代領主夫人の文字。


 その中に、一つだけ。


 先ほどは気付かなかった書き込みがあった。


『ルーデンには、王都も知らない宝がある。』


 その一文を見つめたリディアは、小さく微笑む。


「……見つけました。」


 セドリックが息を呑む。


「三日で税を払う方法を。」

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