少女の面影
前回の続編になります。引き続きお楽しみください
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シイカはただ佇んでいた。
「危ない!」
レイヴンがシイカに覆い被さるように体当たりし、その場から激しく引き離した。
「わぁっ!」
すぐ側で刃が激しくぶつかり合う金属音が響いた。シイカの背中が木製の床にドンッと勢いよくぶつかる。
「何やってるんだ!」
レイヴンが覆い被さる体勢のまま、必死に心配そうな声をかけるが、シイカは後頭部をさすりながら、場違いな困り笑いで返した。
「ごめんごめん、ぼーっとしてた、あはは」
「笑ってる場合じゃ──」
「どうやら君の狙いは、私のようだ」
黒い少女は言葉を返さない。だが、その瞳には猛烈な殺気が宿っていた。
ヴォルドーは瞬時に、その身の丈ほどもあるルーンの大太刀を生成し、黒い少女の鋭い一撃を正面からガチリと受け止めていた。不快な火花を散らしながら、刃同士が軋む音が鳴り響く。
レイヴンに手を引かれて素早く起き上がったシイカは、右腕を大きく上げる。
「ごめーんヴォルドーさん!参戦するよ!」
「いや、いい。シイカ、お前は武器を使うな」
「え!!?どうして!?」
「この気球船内にはまだ乗客がいる。お前の武器とは相性が悪いからな。──レイヴン、二人で避難誘導を頼む」
シイカはあっさりと承諾した。
「おっけー!任せてよ!」
「分かりました!」
二人はすぐさま反転し、客室のある後方へと走り去った。黒い少女はその背中を、焦燥の混じった瞳でじっと追おうとする。
「余所見はいただけないね?」
ヴォルドーは大剣を容赦なく振るい、黒い少女の剣を力任せに弾き飛ばして次の猛撃を仕掛けた。
「──っ!」
黒い少女は寸前でそれを華麗に回避し、床の上を滑るようにして距離をとる。
「あの子達が居なくなった方が、お互いやりやすいだろ?」
「なぁ、ロミア?」
ロミアは不快そうに、その美しい眉間に深い皺を寄せた。
シイカたちは、高級な絨毯の敷かれた長い廊下の先にある、客室ロビーの扉を勢いよく開けた。
そこは、大勢の乗客たちがパニックを起こして押し合いへし合いの、怒号と悲鳴が渦巻く混沌とした空間だった。シイカは目を丸くして辺りを見回す。
「うわぁ……この気球船の中に、こんなにいっぱいの人がいたんだね」
「僕達騎士団は国の守護者だから、特別待遇で個室を用意してもらっているからね。一般客室の方はこの騒ぎだ、早く誘導しないと」
押し寄せる人混みをかき分けようとしたその時、周囲の雑音を切り裂くように、必死に助けを求める女性の悲鳴が聞こえた。シイカたちは、すぐさまその女性のもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
女性は床に膝をついたまま、縋り付くようにレイヴンの服を鷲掴みにして懇願した。
「うちの、うちの娘が居ないんです……!! どうか、どうか助けてくれませんか!」
レイヴンは女性と目線を合わせるために素早く片膝をつき、真剣な目で問いかける。
「最後に娘さんといた場所はどこですか?」
「船の外……展望デッキで景色を眺めていた時に、急に船が激しく揺れて、そのまま人混みに……っ」
船の外――その言葉に、二人は息を呑んで視線を交わした。
いま、気球船の外は襲撃による衝撃とルーンの乱れで、猛烈な突風が吹き荒れる危険な超高空と化している。それでも、シイカは母親を安心させるように、パッと弾けるような笑顔を
向けた。
「もう心配する必要ないよ! なんてったって、あたしがいるんだから!」
「っ!危険だ!」
「大丈夫だよ!あたしを舐めないで」
頼もしい笑顔を向けたシイカは、レイヴンの
心配を他所に躊躇うことなく展望デッキへと足を向けた。
「レイヴンは他のみんなを見てて!」
そう言い残し、シイカは足を止めることなく
走り去った。小さくなっていくその後ろ姿を
見送った後、レイヴンは視線を落とし、指先が白くなるほど強く拳を握りしめた。だが、すぐに心を切り替えて、怯える母親を宥めた。
「さぁ、僕について来てください。絶対にあなたも娘さんも助けます」
女性は溢れる涙を拭い、心配そうに、けれど
レイヴンを信じて力強く頷いた。
バババババッ!! と、引きちぎれんばかりの
暴風の音が扉の向こうから響いている。シイカは体内のルーンを全身に巡らせ、光の衣を纏うようにして展望デッキ前の重い扉を開け
放った。
うぅ……このルーンアーマー、息苦しくて苦手なんだよねぇ。今の私じゃ5分と持たない……。
迫り来るタイムリミットまでに、早く助け出さなきゃ──シイカはそう覚悟を決めて、一歩を踏み出した。
超高空の突風が、ルーンの障壁にぶつかって
激しい音を立てる。一歩踏み出し、必死に目を凝らしていると、暴風の隙間を縫って女の子の泣き声がかすかに鼓膜を揺らした。
「どこにいるの!? 返事をして!」
「───、たす……けて……!」
風の音にかき消されそうなか細い声を頼りに、シイカは必死に周囲を探る。
船の係留ロープが巻き付けられた鉄塊の陰で、小さな少女が身を縮めていた。容赦なく吹き付ける嵐の中、少女に今できることといえば、ただ泣きじゃくることしかなかった。
「……ひっく、助けて……お母さん、誰か……うぅぐ」
底の見えない雲海がすぐ側に迫る絶望の中、少女はもう諦めかけていた。
その時ーー
「いた!!」
暗闇を切り裂くような明るい声に、小さな少女が声のする方へ視線を向けると、パッと目を丸くした。全身にルーンの光を纏ったシイカの姿を見て、安堵したのかゆっくりと小さな肩を落とす。
「もうなんの心配もないよ! さぁ、帰ろ! お母さんのところに!」
満面の笑顔で手を伸ばすシイカに答えるように、少女も小さな手を伸ばした。
だが、少女がシイカに近づこうと一歩を踏み出した瞬間、突如として船体が大きく傾き、凶器のような激しい突風が彼女の小さな身体を
襲った。
「やぁぁああ!!!」
少女の身体が、いとも簡単に宙に浮き、手すりの向こう側ーー何千メートル下の雲海へと、真っ逆さまに吹き飛ばされる。悲痛な叫びが響く中、シイカの身体は考えるよりも先に動いていた。
「っ……しまっ――!」
シイカは迷うことなく、空中へとダイブする。
凄まじい風圧の中、落ちていく少女の身体をガシッと両腕で抱き留めると同時に、ルーンアーマーの筋力を限界まで引き上げ、通り過ぎる船の手すりへと自分の両足を強引に引っ掛けた。
ガツンッ! と、激しい衝撃がシイカの足にかかる。
頭を下にした宙ぶらりんの状態で、シイカは少女を胸にしっかりと抱いたまま、激しい風の中でほっと息を吐いた。
「……ふぅ、危なかったぁ。」
シイカは冷や汗を拭うように呟くと、前、後ろ、前、後ろ、とあえて自分の身体を大きく揺らし始める。そして限界まで高まった遠心力を利用して、バネのように一気に跳ね上がると、空中で綺麗に一回転。激しい突風を切り裂き、船のデッキの上へとスタッと華麗に舞い戻った。
腕の中の少女は、恐怖から解放された安心感で、シイカの胸に顔を埋め、酷く泣きじゃくった。
「よしよし、もう大丈夫だからね」
シイカは優しい眼差しで、少女の小さな背中をぽんぽんと宥めるように撫でた。
「さぁ、中に戻ろう!」
満足気にニカッと笑って拳を突き上げた、その瞬間。
──パキンッ。
「あっ……」
ルーンの光の衣に、不吉な亀裂が入る嫌な音が小さく響いた。
「やば」
シイカのルーンアーマーは、既に限界を迎えていたのだ。光の粒子となって霧散していく鎧。
剥き出しになった身体に、容赦のない超高空の暴風が叩きつけられた。
吹き飛ばされる――!
そう覚悟して両目を強く瞑った。
……だが、いつまで経っても何も起こらない。
体が宙に浮くどころか、足の裏には床板の感覚が妙にリアルに残っていた。さらに言えば、あれほど荒れ狂っていた風の音が、嘘のように遠のいている。
「あれ……?」
シイカは予想外の展開に、目をぱちくりとさせた。
「考えなしにも程がある……」
呆れたような、けれど心の底から心配したような声。いつの間にか隣に立っていたレイヴンが、シイカの肩をがっしりと掴んでいた。倒れかかっているシイカの全体重を、彼は悠々と持ち上げている。
レイヴンの身体から溢れ出た圧倒的な密度の青いルーンが、嵐のような暴風を完全にシャットアウトしていた。
「僕のルーンの障壁が無ければ、君たち諸共空の彼方に飛ばされていたよ」
「おぉ〜、相変わらず化け物じみた膨大なルーンだねぇ」
緊張感のないシイカの言葉に、レイヴンの視線はふいっと扉へ向いた。
「早く戻るよ」
そうして避難場所である中央広場へと戻った二人は、少女を母親の元へと連れ帰った。
「ママぁーー!!」
「ああ、よかった……! よかった……っ!」
母娘が固く抱き合う感動の再会に、シイカと
レイヴンはホッと胸を撫で下ろした。母親は
少女を抱きしめたまま、何度も何度も二人に頭を下げた。
「あの、お二人とも騎士団の方ですよね……? ありがとうございました、本当に……ありがとう、ござい……っ」
堪えきれない涙が、母親の瞳から次々とこぼれ落ちる。泣いて喜んでいる母親の姿を見て、シイカも自分のことのように喜んだ。
「いいっていいって! 困ってる人を助けるのは当たり前でしょ!」
「──お姉ちゃん」
不意に、下から衣類が引っ張られる感覚。見れば、母親の腕から抜け出した少女が、シイカの服の裾を小さな手でぎゅっと引っ張っていた。
「ん? どうしたの?」
シイカが少女の目線に合わせるように、その場に優しく屈み込んだ。
その時、シイカの動きがピタリと止まる。
なんだろう――前にもこんな事があった気がする……そんな事を考えていると、頭の奥でカチリと音がした。
見たこともないはずなのに、どうしようもなく愛おしく、懐かしい記憶が、脳裏に鮮烈に浮かび上がった。
──鮮やかな緑の芝生。青空に生い茂る、大きな木。
その木陰で、誰かの服の裾を必死に引っ張っている自分。
裾を引っ張られた黒髪の少女が、シイカと視線を合わせるように、優しく微笑みながら屈み込んでくる。
その少女の唇が、ゆっくりと動いて――。
「……約束?」
気づけば、無意識に自分の口が、その言葉を呟いていた。
もし宜しければ評価の方もよろしくお願いします。
次回も書き出していますので、お楽しみください(^^ゝ




