第13話「優しすぎる独占」
私の“半幽閉生活”は、思っていたよりも――
ずっと、ずっと快適だった。
……悔しいことに。
朝になれば。
必ず、好きな香りの紅茶が用意されている。
焼きたてのパン。
温かいスープ。
季節の果物。
「……完全に飼育環境……」
小さく呟きながらも、全部美味しく食べてしまう自分が悲しい。
昼には、専属の料理人による栄養満点ランチ。
夜は、静かな音楽と読書時間。
そして。
どの時間帯にも。
必ず、エドワード様がいる。
例外なし。
朝も。
昼も。
夜も。
まるで――
影のように。
午後。
私は、ソファに腰掛け、本を読んでいた。
……ふりをして。
内容は、三ページ前から進んでいない。
なぜなら。
「……殿下、近いです」
隣。
いや、ほぼ密着。
「そう?」
肩が触れる距離で、首をかしげる。
距離感、ゼロ。
「……普通、この距離は“近い”って言います」
「恋人同士なら普通だよ」
さらっと。
呼吸するみたいに言う。
(待って)
(恋人認定、いつから……?)
「……私、承諾してませんけど」
「心はしてる」
即断。
一切の迷いなし。
(怖い……)
(でも……)
声は、驚くほど優しい。
私は、ため息をついた。
「……殿下。私、一人の時間も欲しいです」
その瞬間。
彼の動きが、止まった。
「……嫌?」
不安そうな瞳。
揺れる視線。
……反則。
完全に反則。
「い、嫌じゃないです!」
慌てて否定する。
「ただ……」
「ただ?」
「……ずっと一緒だと、考える時間がなくて……」
沈黙。
部屋に、時計の音だけが響く。
彼は、ゆっくり視線を落とした。
「……考えたら、離れてしまう?」
その声は。
王太子のものじゃなかった。
ただの。
怖がりな、青年の声だった。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……違います」
私は、そっと彼の手を握った。
「考えたいのは……殿下と、どう一緒に生きるか、です」
一瞬。
彼の目が、大きく見開かれた。
「……本当?」
「本当です」
逃げない。
誤魔化さない。
私は、決めた。
ここからは。
正面突破。
「……でも」
私は、続ける。
「閉じ込められるのは、嫌です」
「選べない人生も、嫌です」
はっきり。
逃げずに。
彼は、苦しそうに眉を寄せた。
「……怖いんだ」
低い声。
「君が、いなくなるのが」
「……私も、怖かったです」
静かに答える。
「だから、逃げました」
彼は、唇を噛みしめた。
「……ごめん」
小さな声。
初めての、謝罪。
その一言で。
胸の奥が、じんわり熱くなった。
「……殿下」
「なに?」
「……鍵、外してくれませんか」
沈黙。
長く。
深い。
沈黙。
彼は、しばらく動かなかった。
やがて。
ゆっくり立ち上がる。
机の前へ。
引き出しを開ける。
……鍵束。
重なり合った金属の音。
私は、息を呑んだ。
彼は、それを見つめたまま言う。
「……約束して」
「なにを?」
「……黙って、消えないって」
震える声。
私は、まっすぐ彼を見る。
「約束します」
「逃げたいと思ったら、ちゃんと話します」
「泣いても、喧嘩しても……話します」
彼は、目を閉じた。
深く、息を吸って。
――カチャリ。
小さな音。
でも。
世界が変わる音。
鍵が、外れた。
「……ありがとう」
声が、震えた。
涙が、滲んだ。
彼は、そっと私を抱きしめる。
強くない。
でも、離さない。
「……それでも」
耳元で、囁く。
「独占は、やめないけどね」
「……そこはやめてください」
「無理」
即答。
私は、思わず吹き出した。
「もう……」
「可愛いから」
「それやめてください!」
小さく言い合いながら。
私は思った。
これは。
檻じゃない。
まだ不器用で。
まだ危うくて。
でも。
“手を繋ぐための檻”だったんだ。
――優しすぎる独占。
それは。
支配から、選択へ。
監禁から、信頼へ。
変わり始めた証。
私と彼の関係は。
ここから、本当に始まる。




