第12話「籠の中のお姫様」
――目を覚ますと。
そこは、見知らぬ天蓋付きの部屋だった。
白く透けるレースのカーテン。
淡い薔薇色の壁紙。
磨き上げられた床。
天井から下がる、小さなシャンデリア。
窓から差し込む朝日が、部屋全体を柔らかく包んでいる。
……綺麗。
あまりにも。
「……ここ、どこ……?」
寝起きのかすれた声が、静かな部屋に溶ける。
私は、ゆっくりと身体を起こした。
ふかふかすぎるベッド。
沈み込むマットレス。
高級そうなシーツ。
(……これ、絶対に庶民用じゃない)
視線を巡らせる。
飾り棚。
花瓶。
書棚。
ソファ。
机。
……どれも、一流。
そして。
扉。
――鍵付き。
窓。
――装飾つきの鉄柵。
廊下。
――微かな人の気配。
(……はい、詰みました)
完璧な、“優しい牢屋”。
「……やっぱり……」
額に手を当てる。
(原作通りすぎない?)
(私、今まさに幽閉ルート真っ只中では……?)
心臓が、ひくっと跳ねる。
そのとき。
コンコンと控えめなノック音。
「……どうぞ」
返事をした瞬間。
扉が、静かに開いた。
入ってきたのは――
エドワード様。
完璧に整えられた金髪。
穏やかな碧眼。
いつもと変わらない微笑み。
まるで。
昨夜、私を包囲して捕まえた人とは、別人みたいに。
「おはよう、リリアーナ」
優しい声。
……逆に怖い。
「……おはようございます……」
警戒MAXで答える。
彼は、自然な動きでベッドの横に腰を下ろした。
距離、近い。
近すぎる。
「よく眠れた?」
「……それは……はい……」
悔しいけど、事実。
ぐっすりだった。
快眠だった。
(監禁されてるのに快眠ってどうなの……)
「ここは、僕の私邸だよ」
「……私邸?」
「誰にも邪魔されない場所」
……言い換えれば。
誰にも助けられない場所。
私は、ごくりと喉を鳴らす。
「……私、帰れますか?」
恐る恐る聞く。
彼は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……帰るって、どこへ?」
声は優しい。
でも、逃げ道ゼロ。
「……学園、とか……」
「ここで勉強すればいい」
即答。
一切の迷いなし。
「……家は……?」
「ここが、家になる」
即答・二連続。
(重い……)
「……軟禁ですよね、これ」
ぽつり。
彼は一瞬、困ったように笑った。
「……監禁って言われるよりは、マシかな」
自覚はあった。
「リリアーナ」
急に、真剣な声。
「……君を傷つけたくない」
「だから、できるだけ自由にする」
……できるだけ。
重要ワード。
「でも――」
私の手を、そっと取る。
温かい。
逃げられない。
「離れる自由だけは、あげられない」
きっぱり。
(うわぁ……)
(これが噂の“優しい監禁”……)
部屋を、改めて見る。
私の好きだった本。
お気に入りの作家。
甘い紅茶。
前に一度だけ「好き」と言った銘柄。
アクセサリー。
何気なく欲しいと言ったもの。
……全部ある。
完璧に、把握されている。
…逃げ場以外は。
昼下がり。
私は、ソファに座り、本を読んでいた。
……ふりをしていた。
内容、全然頭に入らない。
(不自由じゃないのが、逆につらい……)
(快適すぎる牢獄って何……)
そのとき。
「そう?」
耳元で声。
「ひゃっ!?」
心臓、跳ねた。
(私声に出たてた?)
いつの間にか、隣にいるエドワード様。
「……ずっと、いるんですか」
「うん」
即答・三連続。
彼は、自然に私の肩へ頭を預ける。
重み。
体温。
存在感。
近い。
近すぎる。
「……ここなら、誰にも奪われない」
ぽつり。
独り言みたいに。
胸が、きゅっと締めつけられる。
「……殿下」
「なに?」
「……私、物じゃないです」
勇気を出して言う。
一瞬。
彼の指が、止まった。
沈黙。
「……わかってる」
低い声。
でも。
「……失うくらいなら、物でもいいと思ってしまう」
正直すぎて、言葉が出ない。
(重症……)
私は、そっと彼の額に手を当てた。
「……それ、病んでます」
静寂。
次の瞬間。
「……はは」
小さく、笑った。
「……君に言われると、効くな」
照れたように。
少しだけ、弱く。
その笑顔を見て。
私は、思った。
(……まだ、戻れる)
(この人、まだ救える)
完全な悪役じゃない。
ただ、怖がりなだけ。
愛し方を、知らないだけ。
私は、心の中で拳を握った。
(……ここからだ)
(ここから、修正ルート開始)
第二目標。
――脱・監禁ルート。
――正常溺愛エンド。
ここから、私の反撃が始まる。




