第11話「逃さない理由」
※ヤンデレ注意報が出ています。ご注意してお読みください。
――三日前から、わかっていた。
リリアーナが、逃げるつもりだと。
彼女は、わかりやすすぎる。
嘘が下手で、隠し事ができなくて。
無理に笑うときほど、視線を逸らす。
最近の彼女は、そうだった。
やけに優しくて。
やけに素直で。
やけに――遠かった。
「……最近、素直だね」
そう言ったとき。
彼女の肩が、ほんの一瞬だけ跳ねた。
ああ。
やっぱり。
(……裏がある)
「前より……可愛い」
そう続けたのは、本心だ。
嘘じゃない。
でも同時に、確かめてもいた。
――まだ、僕のものか。
彼女は笑った。
ぎこちなく。
壊れそうなほど、弱く。
それを見た瞬間。
胸の奥が、嫌な音を立てた。
(……逃げる気だ)
確信だった。
だから、すぐに動いた。
警護を増やした。
動線を把握した。
使用人に命じた。
騎士に指示した。
学園の裏ルートを、すべて洗い出した。
彼女の行動は、すべて報告させた。
誰と話したか。
どこに行ったか。
何を買ったか。
全部。
――セシリアと接触した日。
報告を聞いた瞬間、確信した。
(……協力者か)
腹の底が、冷えた。
同時に、安堵した。
(よかった……)
(僕の知らないところで、消えるわけじゃない)
彼女は、僕の視界の中にいる。
それだけで、安心できた。
……異常だとわかっている。
でも、もう止まらなかった。
逃亡予定日。
舞踏会リハーサル。
南門。
使用人通路。
全部、読めていた。
だから。
包囲した。
完璧に。
逃げ場ゼロに。
暗闇の奥で、彼女を見る。
フードを被って。
怯えながら。
それでも、必死に前へ進く姿。
……可愛い。
泣きたくなるほど。
(どうして……)
(どうして、逃げようとするんだ)
(僕は、こんなに愛しているのに)
胸の奥が、じりじりと痛む。
怒りじゃない。
悲しみでもない。
恐怖だ。
――失う恐怖。
もし、彼女が消えたら?
もし、僕の前からいなくなったら?
もし、他の誰かのものになったら?
考えただけで、視界が歪む。
呼吸が乱れる。
理性が崩れる。
無理だ。
耐えられない。
――だから。
閉じ込める。
それが僕の考える最適解だった。
明かりをつけさせた。
騎士を動かした。
彼女の前に、歩み出る。
「こんばんは、リリアーナ」
声は、完璧だった。
優しく。
穏やかで。
王太子らしく。
内側では、嵐だったけど。
「……やっぱり、逃げるつもりだったんだ」
責めたい気持ちは、あった。
でも、責めたら。
もっと遠くへ行きそうで。
だから、淡々と。
事実だけを言った。
彼女は、震えていた。
壁に追い詰められて。
小動物みたいに。
……可愛い。
守りたい。
壊したくない。
失いたくない。
全部、同時に湧いてくる。
「……怖くて……」
彼女がそう言ったとき。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
(……僕が?)
(僕が、怖い?)
一瞬、視界が白くなる。
でも、彼女は続けた。
「私が……私じゃなくなるのが……」
――ああ。
そういうことか。
彼女は、自由でいたい。
縛られたくない。
檻の中なんて、嫌なんだ。
……当然だ。
わかっている。
わかっているのに。
「……なるほど」
そう答えたのは。
納得したからじゃない。
諦めたからだ。
(それでも、無理だ)
(手放せない)
頬に触れる。
冷たい。
震えている。
「だから、逃げたんだね」
優しく言った。
本心だ。
責める気は、なかった。
「……でも」
額を寄せる。
彼女の匂い。
体温。
存在。
全部、愛おしい。
「閉じ込めた方が、マシだった」
本音だった。
取り繕えなかった。
失うくらいなら。
嫌われてもいい。
憎まれてもいい。
閉じ込めてもいい。
――そばにいれば。
それでいい。
彼女は、泣いた。
その涙が、宝石みたいに綺麗で。
胸が、痛くなる。
「君が、僕のそばにいる未来しか、欲しくない」
これは、呪いだ。
愛の形をした、呪縛だ。
わかっている。
正常じゃない。
でも。
やめられない。
「……諦めてませんから」
彼女がそう言ったとき。
――嬉しかった。
心から。
逃げないでほしい。
でも。
抵抗してほしい。
足掻いてほしい。
僕だけを見るまで。
「……いいね」
「その方が、可愛い」
本心だった。
こうして。
彼女は、僕の元に戻る。
檻の中へ。
安全な場所へ。
僕の世界へ。
逃がさない。
二度と。
――たとえ。
彼女が、僕を憎んでも。
それでも。
愛しているから。




