92.四人目の彼女
「……あ、あぁ…………ああぁあぁぁああッ!」
完全に敗北したと悟ったのだ。
凪は頭を抱えならうずくまる。
「ウチは……ウチは、今度こそ……上手く…………」
うわごとのように呟く彼女を見て、過去最大級の快感に満たされる。
最初から最後まで、ほとんど全てが俺の予想通りに進んだのだから。
しかし、まだ終わりではない。
俺の目標は彼女を潰すことでなく、攻略することである。
「ねぇ、上手くやることって、一番になるのって、そんなに大切かな?」
凪は意識を取り戻し、俺を睨みつけた。
「大切に……決まっとるやろ……! 勝たなきゃ、ウチに価値なんてないんやから!」
「どうかな。最初から勝てると分かってる相手に勝って、価値はあるのかな。負けたけど成長の糧になった。価値はないのかな」
彼女は何も言わなかった。
「少なくとも、凪ちゃんは負けることを、心の底では受け入れていたんじゃない? だから俺とのデートに、自分のやることを放って来たんじゃないのかな?」
そうだ。行動が全てを物語っている。
恋なんていう病に侵されていなければ、もっと俺を苦しめることができたはずだ。
「本当は分かってるんだよ。一番にならなくても、幸せにはなれるって」
「それは……そんな、こと……」
凪は両手を強く握り、俺を見据えた。
自分で気付いているのかいないのか、涙が頬を伝っていく。
「ウチは、ずっと言われてきたんや。勝たなきゃ価値がないって。一人になっても、もうその声が染み付いて、消えないんよ……」
「……俺は、凪ちゃんに価値がないとは思わないな。一緒に遊びに行ったり、知恵比べするのも楽しかったし」
俺と彼女を隔てる最後の壁は、その言葉だろう。
ただ、壁は以前のような強固さを失っている。
すぐにでも崩れそうな、ボロボロの壁だ。
今度は俺がしゃがみ込み、凪の手を優しく握った。
「そうだなぁ。慰めるなら、まずは論理的にいこうか。確かに凪ちゃんは一つを極めることはできなかったかもしれない。けど、その分色々なことに挑戦して、自分だけの技を手に入れてきただろ?」
「ウチだけの、技……?」
「うん。多分だけど、凪ちゃんは俺とのファーストコンタクトも作戦に入れてたでしょ? シビれたね、あれは」
計画を作る力、忍耐力、どれも高水準なのは間違いない。
「同じようにさ、一つだけが出来る人は多いけど、多くを出来る人はほとんどいないんだよ。一と一と合わせて二にするんじゃなくて、十や百にする。そういう才能があるんだよ」
「そ、そんな才能が、ウチに……?」
「もしかしたら、既に何かで一位になってるかも」
俺の言葉に嘘はない。
実際に戦った俺が感じたことなのだから。
「それじゃあ次は……感情っていうのかな? もし凪ちゃんが一番がいいなら……同率にはなっちゃうけど、俺の中では一位だよ」
「……っ。それって……」
「俺たちは付き合ってるんだから。凪ちゃんが好きなのは本当だよ」
凪の瞳が強く揺れた。
「だから……もし肯定が欲しいなら、俺が頷くよ。何度でも、求められる限り。上手くいかなくて失敗しても、俺だけは凪ちゃんの頑張りを側で見てるから」
「…………本当に?」
「嘘は言わない。二人なら、失敗しても楽しいしね。飴は作れなかったけどさ」
俺は笑ってみせる。
実を言うと、あの店が定休日だと知っていた。
伝えたかったのだ。失敗しても終わりじゃないと。
失敗しても、かえって楽しい思い出として刻まれることがあると。
きっと、俺の言葉は凪に伝わった。
彼女の目には再び光が宿り、俺の手を離すと、地面に正座した。
そして、両手をそっと地に添えて、頭を下げる。
「——ウチを、樹先輩の彼女にしてください」
強い風が吹いたが、彼女は少しも動かなかった。
次々回、感動の最終回
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