89.臓物
私の人生は虚無だ。
自分が生きるための意味を知らない。
幼い頃から、私は母から厳しく言いつけられていたことがある。
——一番になりなさい。
勉強でも運動でも何でも、全てにおいて一番を取らなければならないと。
一番になれなければ意味がないと育てられてきた。
もちろん、まだ何事の分別もつかなかった私は母に従った。
皆勤賞の賞状。最高評価が並んだ通知表。
金色のトロフィー。それに金色のメダルもあった。
増えるたびに、母は満足そうに棚の上にそれを並べていった。
その棚は母の部屋にあった。
まるで、自分の手柄であると言いたげだった。
この国には「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がある。
簡単に言えば、私は調子に乗っていたのだ。
世の中には才能という覆せないものがあるというのに。
「——今回の試験、また二位だったの? しかも、またフウラちゃんに負けてるじゃない」
小学生の時に通っていた中学受験用の塾では、毎月試験があった。
当然、その結果は全員に見えるように張り出される。
私はいつものように時間を使って試験に臨むが、毎回同じ結果になる。二位だ。
風良という子がいた。お嬢様らしい。
彼女はどんな試験でも満点を叩き出し、私では手の届かない場所にいた。
勉強をすれば良いとか、そういう次元じゃない。
生きている世界そのものが違うのだ。
「——今回の大会、三位だったのね。千翼ちゃんと違う種目にしましょう」
母は冷たく吐き捨てるように言った。
中学になり、私は東京に引っ越すことになった。
京都には勝てない相手が多かったからだ。
しかし、どこに逃げても私より上はいた。
今度は二位にもなれず、三位、四位と順位が落ちていく。
「——あなたは一位にならなきゃいけないの。一位にならなきゃ価値がないの」
誰にも認められず、やりたくもない事ばかりを強制される。
少しずつ私の心は死んでいった。
それを隠すために偽物の笑みを貼り付け、適当な言葉を組み合わせ、誰にも自分の底を見せないようにし始めた。
そうでもしなければ、耐えられそうになかったからだ。耐えられそうに……。
ある日、私は“作戦”を実行し、その結果、私と母は二度と会わずに済むことになった。
私は嬉しかった。ようやく解放されたのだ。
東京という見知らぬ土地ではあるが、新しくやり直すことができる。そう思っていた。
私は知らなかった。
一番を目指さずに、どう生きていけばいいのか。
母がいなくなったのに、母の言葉が呪いのように私を縛っている。
何をすればここから抜け出せる?
その問いに答えてくれる人は誰もいない。
高校に入学してからしばらく経って、校内で噂を聞いた。
——この学校に男が転入してきた。
それも、とんでもなく上等な男らしい。
瞬間、私はついに呪縛から解放される方法を思いついた。
その男の一番になればいいのだ。
誰もが求めるほどの男であれば、そんな男からの愛を手に入れることができれば、私はこの世界で一番になれる。
やっと、私は私の人生を歩き出すことができる、かもしれない。
私は考えた。男はどんな生き物で、どうやって出会えば好感度を上げられるのか。何をされたら喜ぶのか。性器の形は?
最初の出会いは渋谷のラフトだった。
偶然ではない。ずっと彼を尾け回し、良さそうな機会を手に入れた。第一印象は悪くないだろう。
しかし、思わぬところに落とし穴があった。
彼はモテ過ぎているし、普通の男と違って社交的でもある。
常に四人の女子が付き纏っていて、私が入り込む余地なんてなかったのだ。
会話したりデートには行けるかもしれないが、彼女たちの中で一番になるというのは、なかなか難しいかもしれない。
特に、私が最後まで勝てなかった相手がいるし。
だから私は、戦い方を変えることにした。
横島樹との関係性を深めながら、他の女子を消す必要がある。
・
彼との浅草デートの前日、私は協力者を呼び出した。
「来てくれてありがとうなぁ……佐藤さん、鈴木さん、鬼瓦さん」
三人は俯いている。
大変なことに巻き込まれたとでも思っているのだろう。
「三人とも、樹先輩とシた時の写真はあるやろ?」
静かな肯定。三人は私の手駒である。
人気の少ない場所に連れ出して、少し快楽を与えてやれば簡単に堕ちた。
人は、好きな相手のためなら何でもやれるらしい。
私が命じたのは、樹先輩との性行為だった。
そして、その場に設置しておいたカメラを使って証拠を残す。
いくら男といえど、見境なく女を喰っていると分かれば心が離れていくはず。
御厨美桜も、九重綾香も、月ノ原ミラも、そして吉崎千翼も。
全員が離れていった時、彼はどんな顔をするのだろう。
そして、私は呆然とする彼を抱きしめて愛を囁くのだ。
他に愛してくれる人のいなくなった樹先輩は、私だけを見てくれる。これで一番になれる。
「本当はウチが作りたかったんやけど、予定が日曜になってもうたから……みんなに任せてええよね?」
そう告げて、私は家に帰る。
日曜日の目標は、恋人という関係になること。
何も問題はない。
前に彼に「好き」と告げた時、私の心は動かなかった。
ただ、少し傷んだだけで。
ついに決戦だぜ!
樹…詰んでね?
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




