80.罪で詰み
「ありがとう吉崎さん……本当に!」
「いいっ!? い、いま汗かいちゃってるから、手、離したほうがいいよ!?」
俺が吉崎の手を握ると、彼女は焦って逃げ出そうとする。
しかし、俺は彼女を逃さないよう、さらにがっしりと捕まえた。
「汗なんて気にならないよ」
「気にした方がいいから!」
「むしろありがとう」
「なにが!?」
吉崎の動揺など気にもせず、俺は天に感謝を続ける。
だが、あまり悠長にしている時間はない。
汗というものは、乾いてしまうのだから。
「疲れてるだろうし、ちょっと休憩しようか」
俺は席から立ち上がり、吉崎の手を取った。
「う、うん……休憩って、ここでじゃないの?」
「もっといい場所があるよ。休憩用のね」
「そ、それって……」
空いている手を、真っ赤な顔に当てているが、一体何を考えているのか。
いや、考えていること自体は分かる。
俺が彼女のことをラブホテルに連れて行くつもりだと、そう思っているのだろう。
だが、漢・横島樹を舐めてもらっては困る。
ラブホは十八歳未満の入店は禁止されている。
制服を着ていなければワンチャンあるとか、俺は入ったことあるけどねとか、そういう自己顕示欲に動かされた意見は見当違いだ。
重要なのは、今しかできないシチュエーションを活かすこと。
より背徳的で、脳が溶けるくらいの刺激を求めているのだ。
では、俺たちの目的地はどこなのか?
答えは——
「——ここって、漫画喫茶?」
俺はこくりと頷く。
漫画喫茶、それは人類最後のフロンティア。嘘だ。
嘘ではあるが、聖域でもある。
ここで一つ断っておこう。満喫で猥褻行為を行うのは禁止である。
余裕で出禁になるし、最悪の場合は警察を呼ばれるかもしれない。
しかし、汗を舐め回すのは、果たして猥褻行為に入るのか?
それを誰が決める?
決めたところで、男がやっているなら話は変わってくる。
——その理論を持ってくるならラブホでも良いのでは?
甘すぎる。金のない——今の俺はあるが——学生が、少ない小遣いをはたいて二人きりの空間を手に入れる。それが満喫。
究極的に言えば、ラブホでも満喫でも、どっちでもいい。
この世界でなければ罰せられるのは同じだ。
ただ、身の丈に合っているのは満喫なのだ。
狭い空間で身を寄せるのは、家のトイレや押し入れと似た良さがある。落ち着くのだ。
てなわけで、俺が吉崎と共に来たのは渋谷の満喫である。
文句がある奴は、この世界に来てから言ってくれ。
「じゃあ、ちょっと受付してくるね」
きょろきょろと周囲を見回している吉崎に告げて、俺は受付に向かった。
本物の男が来たということで、店員は今にも倒れそうな衝撃を受けていたが、それだけである。
別に、高校生が利用してはいけないという決まりはない。
少なくとも二十一時とか二十二時になるまでは。
俺は部屋のキーを受け取ると、吉崎が後ろをついてきていることを確認して部屋へ向かう。
五三三号室。鍵を開けると、人が二人……二.五人ほど横になれる小さな部屋が。
「先に入らせてもらうね」
靴を脱ぎ、硬めのマットの上に降り立つ。
前世の俺は童貞と変わらない経験値だが、知識だけは人一倍持っていて、その癖が出てしまった。
不同意性行等罪。少なくとも俺が生きていた世界では、女性の方が遥かに男性よりも有利な立場にある。
たとえ同意の上で性行為をしたとしても、その後に女性側が「やっぱ嫌だったわ」と主張すれば、ほとんどの男は逃れることができず、そのままゲームセット。罪で詰みだ。
これは大富豪で言うところのジョーカー並みの力を誇っているが、どうにかこうにか身の潔白を証明することができれば、勝てる見込みはある。
そのうちの一つが「自分がドアを開けて先に入らせない」ことである。
逃げられる状況で相手の意思で扉を開き、相手の意思で部屋に入る。意識すれば難しくない技である。
まぁ、この世界で俺がやる必要は万に一つという感じだが、最近、似たような思考をしたばかりだったことで、行動に現れたのだろう。
吉崎が無事に部屋に入り、鍵を閉めるのを確認すると、俺はエアコンの電源を——切った。
※横島樹の意見です
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