79.軍師の策 ガチャガチャの章
放課後には「楽しいこと」が待ち受けているのは、どんな学生でも共通のことだろう。
友達と遊びに行くでもいいし、一人で自分を高めるのも良い。
何をしようが自分の勝手であり、それが許されているのが学生時代。
だが今日に限っては……世界で一番、俺が楽しむことになる。
その自負があるのだ。
「さーて、今日はどこ行こっか! とりあえず渋谷まで出てきたけど……横島くんは行きたいところ、ある?」
隣を歩いているのは、もちろん吉崎である。
今日は天気が良いため少しばかり暑く、適度な湿気もある。
素晴らしい日だ。本当に、素晴らしい日なのだ。
「行きたいところかぁ」
俺はあらぬ方向に目を向けながら言う。
「そういえば……あー、忘れてた」
「ん? なにかあったの?」
わざとらしく呟いてみると、予想通り吉崎が食いついてきた。
俺は困ったような笑みを浮かべながら、「なんでもないよ」と手をひらひらさせる。
「そうなの?」
「うん……ただ、今日発売のガチャガチャがあってさ」
「ガチャガチャかぁ。最近流行ってるらしいよね。綾香が傘に付けてるやつとかもガチャガチャなんでしょ?」
「そうそう」
「じゃあ、やりに行こうよ! 私も、その……やっちゃおうかな?」
俺とお揃いが欲しいのだろう、可愛いやつめ。だが——
「それが、竹下通りにある店舗限定らしいんだよね。今から二人で向かっても、もう間に合わないかも——」
「だったら私に任せて! ひとっ走り行ってくるよっ!」
自分が活躍できる機会が巡ってきたと言わんばかりに、吉崎はずいと顔を近付ける。
香水を付けているわけでもないのに、そこはかとなく甘い匂いが漂ってきた。
「でも、吉崎さんにだけ走らせるなんて悪いよ。僕も一緒に行くよ」
「ダメダメ。横島くんは男子なんだから、その辺のカフェで待ってて?」
申し訳なさそうなフリをする俺にそう言って、吉崎は自分のスマホを取り出す。そして、画面を俺に見せてきた。
「これだよね!」
俺が頷くと、吉崎は身を翻し、勢いよく走り出す。
「ナンパされないようにねーっ!」
彼女は渋谷の人混みを華麗に抜け、目にも止まらぬ速さで原宿へ向かう。
(やっぱり吉崎の身体能力は本物だな……)
前世で陸上に明るくなかった俺でさえ、彼女が抜きん出ていることは理解できる。
いや、陸上に限った話ではない。
おそらく、どんな種目でも活躍できる天性の肉体だ。
だからこそ……味わってみたい。
この世の全てに感謝を込めていただくのではなく、食欲ではなく性欲の意味でだ。
(そのためには、この準備が必要なのさ)
誰が聞いているわけでもないが、俺は心中で呟く。
吉崎が買いに向かったガチャガチャ。
欲しくないわけではないが、それ自体が目的ではない。
伏線回収の時間だ。
今日は晴れている。天気がいい日は太陽がギラギラと照っていて、普段より暑いこともしばしば。
そして、今日は湿度が高い。俺はこの日を待っていた。
こんな日に運動をしたら……人間の身体はどんな反応を見せるだろう。
気温の上昇や運動で体温が上がった時に、脳の視床下部がそれをキャッチする。
すると、交感神経を介して皮膚の汗腺に「汗を出せ」という命令が下されるのだ。
汗が蒸発するときに身体の熱を奪うことで、体温を一定に保つことができる。
そう……俺が散々、数ヶ月前から狙っていたこと。
——吉崎の汗を舐め回す。
そのために、彼女に運動をさせる機会を作る必要があったのだ。
渋谷から原宿までは歩いて行ける距離だとはいえ、走れば汗をかく。竹下通りの人混みを抜けるとなれば尚更だ。
(ククッ……俺の思考力が怖いぜ)
クソ雑魚ムーヴをしながら適当なカフェで時間を潰して待っていると、ついに吉崎が到着する。
「ごめん横島くん! お待たせーっ!」
彼女が謝る理由などないし、俺の想像よりも遥かに早い帰還だ。
本当に、車並みの速度が出ているんじゃないかと思うほどに。
そして、嬉しそうにガチャガチャのカプセルを俺に見せる吉崎の頬を——汗が伝っていた。
久しぶりの軍師の策でハッピー!
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