72.NASA超えの男
「あの——また、キスしてほしいんだけど」
そう言ってから、九重は「自分がとんでもないことを言ってしまった」という顔をした。
自分の思考を意図せず口から出してしまった……というよりは、性的な欲求に負けたのだ。
彼女との進展は、ここ一ヶ月無いに等しいのだから。
俺の歓迎会でカラオケに行き、その時にキスをしたくらいだし、悶々とした日々を送っているのだ。
その気持ちをずっと持ち続けていたが、ついに抑えきれなくなって言ってしまった。
だが……彼女の言葉に頷くわけにはいかない。
限界を超えるまで九重を追い詰めて、彼女の心を折った後に可愛——瞬間、俺の脳内に「ピキィィィィン!」という音が流れた。
(これは……かなり大切な選択肢だ)
一瞬ではあるが、俺の思考力はNASAをも超越した。
たとえば、「前はフリーだったからキスもできたけど、今の僕にはもう彼女がいるから。ごめんね」なんて事を言ってみたとする。
すると九重は落ち込んでしまい……そこで満足すれば良いものの、俺は「もしかして……九重さんって僕の身体が目当てだったの?」とか、追撃までしかねない。
その結果、何が起こるかというと——童貞の喪失だ。
これはこれで趣があるものの、俺の本意ではない。
なぜか二日分くらい妄想した疲れがあるし、とりあえず今回は塩対応はやめておこう。
となると、考えるべきは九重というカップにどのくらいの砂糖を投入するかだ。
大前提として、美桜やミラとの明確な区別は必要である。
でなければ、彼女という肩書を得る意味が——論理的な視点で言えば——無くなってしまう。
少し糖度は控えめで、しかし彼女の暴走を引き起こさない程度に優しくする。なかなか難しい注文だが、やってみるしかない。
「前はフリーだったからキスもできたけど、今の僕にはもう彼女がいるから。ごめんね」
「……っ。そう、だよね……」
俯く九重。お前、結局やっちまってるじゃん!? なんて声が聞こえてくるようだが、それは勘違いである。
漢・横島樹。一度犯した失敗を繰り返すほど愚かではないのだ。
俺は九重の肩を掴み、そこそこの力でこちらへ引っ張る。
体勢を崩した彼女を胸で受け止めると、驚いて顔を上げる彼女に軽い口付けをした。
「——なんてね」
「あ、え…………いっくん……?」
「みんなには内緒にしてね」
秘密の共有。俺視点で言えば、もはや俺のキスなどなんの価値もないものだが、女子たちにとっては垂涎ものの宝。
あくまでフレンチキスにとどめることで欲の貯金を抑えつつ、悪い方向に精神が擦り減るのを、しばらくの間防止することができる。我ながら悪くない手だ。
「うん……わかった。アタシがワガママ言っちゃったのに、いっくんは優しいね」
反応を見る限り成功で良さそうだ。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうだね! 遅くなると男の子は危ないし」
俺たちはどちらともなく手を繋ぎ始め、ワルポを通って反対側の出口から横浜へ向かおうとし——ふいに、パァンという気持ちのいい音が響いた。
その音の出所は近いようで近くない。
振り返って見上げてみれば、金色の花火が破裂している。
「……わぁ、花火だよ、いっくん!」
「こんな、なんでもない日に花火があがるんだね」
何一つ情報が入ってきていなかったが、イベントでもあるのだろうか。
「アタシ、花火好きなんだよね! 毎年友達と見にいくぐらい!」
「僕も好きだよ。ただ、こうやって外で誰かと見るのは初めてかも」
「そうなのっ!? あ、アタシでよかったら、これからずっと付き合うよ!」
「ありがとう。もうすぐ夏だし、その時にまた見に行こうね」
「うんっ!」
九重はとびきりの笑顔を見せながら、俺に身体を寄せる。
二人で立ち止まり、空を見上げていると——真っ青な花火が咲いた。
喧嘩売られてると思ったらすぐにブロックしちまうから、よろしくな!
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




