71.なぜか清々しい気持ち
「九重か————うおっ!?」
振り返り様に勢いよく突進され、俺は体勢を崩した。
ぶつかってきた犯人——九重は俺を強く抱きしめたまま、二人で脇道の芝生に突っ込む。
「い、いてぇ……」
背中に衝撃が走るが、芝生のおかげで軽傷だ。
予想もしていなかった出来事に、思わず本音というか、本来の言葉遣いが出てしまった。
と、その時。九重がガバッと顔を上げた。
彼女の端正な顔を大粒の涙が伝い、鼻から僅かに赤くなっている。
「う、ううううう……いっぐん…………。ごめん、ごめんね…………アタシがこんなことしたから、焦っちやったがらぁ……」
もはや自分を見失っているのか、彼女は俺に謝りながら思考を垂れ流す機械と化してしまってある。
「このままだと、みんなに勝てないんじゃないかって、いっくんを取られちゃうんじゃないかってぇ……ぐすっ」
彼女は完全に俺を押し倒す形になっていて、その気になれば俺を犯すこともできるだろう。
本気を出せば、女子といえど凄まじい力を発揮する。
とはいえ、今のところは会話の余地がありそうだ。
ここから上手い具合に慰めてやれば——
「……………………もう遅いなら、いっくんを逃しちゃダメだよね?」
おっと、話が変わって来たな。
思考が高速回転を始め、よろしくない結論に達してしまったようだ。
でもなぁ、ここで童貞を失うわけにもいかないだろう。
とりあえずは助けを呼ぶとしよう。
脇道といっても、大通りから目を凝らせば見える位置だし、大声を出せば助けてもらえる。
九重を取り押さえてもらった後に、適当に人々を言いくるめて持って帰ればいい。
自分のシャツのボタンを外し始める九重を横目に、俺は周囲を探る——が、不自然なほどに誰も歩いていない。
人っこ一人と表現してもいいくらいに誰もいないのだ。
(ど、どういうことだ……?)
ここは天下のみなとみらいだぞ。誰もいないなんてことは……。
——ふいに、パァンという気持ちのいい音が響いた。
その音の出所は近いようで近くない。
見上げてみれば、金色の花火が破裂している。
(……嘘だろ? こんな、なんでもない日に花火があがるなんて……)
何一つ情報が入ってきていなかったが、もし仮に、有名なイベントなのだとしたら。
人々は花火を観に流れてしまっているのかもしれない。
(つ、次の作戦を考えるんだ……!)
九重は既にシャツのボタンを外し終え、かなり気合の入った黒い下着が見えてしまっている。
うん、彼女のスタイルもあって、花火にも負けない華々しさ——じゃなく、対策を……。
(なにかないか!? なにか…………)
俺のズボンのベルトに手がかけられたタイミングで、天啓が舞い降りた。
そうだ、いくら芝生といっても身体が傷んでしまう。
「ま、待って九重さん! ここじゃ痛いよ!」
言い終えた瞬間、街の景観を良くするために植えられている木々が強く揺れた。
花火の音にも負けないほどの勢いを見せ、同時に、俺の横に何かが降ってくる。
(これは——レジャーシート!?)
花火の観覧客が持ってきたものか、青くて分厚いシートが着地する。
九重は俺を回転させてシートの上に乗せ、再度跨った。
(こ、これも解決されちまった……! なんだ!? 何が起こってる!?)
俺の反撃を全て潰すかのように世界が動いている。
しかも、九重の思考によるものではない。
明らかに、もっと大きな存在が関与している。
「はぁ……はぁ……いっくん……いま気持ち良くしてあげるから……」
彼女が俺のズボンを優しく下ろし、俺たちを隔てる布は一枚だけになってしまう。
俺は身体を動かそうにも、何故か金縛りにあったように固まってしまう。股間ではなく、身体全体が。
(フッ…………盛者必衰か)
意味が分からないが、運命は俺のチェリーを奪い去りたいらしい。
もう打つ手がない。俺としたことが、こんなところで負けるとはな。
俺の下着がずり下ろされ、その後、九重のものも露わになった。
彼女の裸体は全てが美しかった。
色々な意味で傷一つない身体に、これから俺という存在が刻み込まれる。
(……まぁ、悪くないな……)
いよいよの熱さを感じながら、俺は自嘲気味に笑う。
——頭上で、真っ赤な花火が咲いた。
たとえ樹だとしても、選択肢をミスれば終わるということですね。多分。
とはいえこれは「もしも」の話です。
どんな次回になるんでしょう。
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