ーーーーひゅ?
普通、普通の話。昼休みが始まったなら生徒たちは一斉に会話を始めるだろう。
放課後にどこどこに行こうとか、学食に行こうとか。
だが今は真逆である。
現代文の教師が出ていったというのに、室内は静寂に包まれていた。
理由は明白だった。動くことができないのだ。
端的に言えば男子に話しかけることができる大チャンス。
朝のホームルームで機会をつかめなかったのなら尚更。
ところが現実は過酷で、なんと声をかければいいのか分からず、一人目になる勇気もない。
何事にもおいてもそうだ。その分野を発展させた者も偉大ではあるが、最も評価されるべきは道を切り拓いた者。
他人からの目を恐れずに一歩を踏み出せた者であるが、並大抵の覚悟では不可能だ。
ここまでは予想通り。
『予想通りなら、自分から声をかけに行くべきでは?』
レベルの低い問いだ。
彼女達が行動を起こせないままなら、そうすべきだろう。
それでも俺は動かない。
なぜなら――ここからも予想通りに事が進むから。
教室の中央後ろ側で椅子が動く音がした。
続いて誰かが立ち上がる。
室内の静寂はそのままだったが、言いようのない緊張が走ったのが伝わる。
――今、動ける人がいるの?
そんな声が聞こえてくるようだった。
誰もが振り返ることすらできない。
既に俺と会話し、好感度という面でリードしていると思っているだろう吉崎や御厨ですら。
いま立ち上がった「彼女」の四方の生徒しか事態を把握できていない。
しかし俺は知っている。
覚悟は足りないかもしれないが、困難を気合いで乗り切る事が出来る人種を。
そう、その人種とは――
「よこ――い、いっくん、ちょっといい?」
ギャル――九重 綾香だ。
今度は雰囲気ではない。確実なざわつきが広まっていく。
不覚にも、俺もその要因になってしまった。
(まさか……最初からあだ名で呼んでくるとは!)
夢の世界は良く学んでいる。
キャラ付けとは王道の要素を取り入れつつ、少しだけハズすものだと。
今回で言えば、ギャルは距離を縮めるのが上手い。
最初から名前で呼ぶのなんてザラだ。これが王道。
ハズしの部分はボブカットだろう。ギャルって大体ロングじゃね?
自分としてはこれで完成されていたが、九重は予想を超えてきてくれた。
最初からあだ名。男に声をかける時点で半端じゃないプレッシャーがかかるのに、もう二段くらい上の負荷に挑戦したのだ。
天晴れと言うほかない。
俺は九重の方へ身体を向ける。
「えっと……確か九重 綾香さんだったよね?」
視線が合い、彼女の髪が揺れた。
その向こうに座っている御厨は固まったままだ。
「も、もうアタシの名前覚えてくれてるとか……え、夢なの……?」
「夢じゃないよ。宮木先生からこれをもらってて」
手に持っていたプリントをぴら、と見せる。
さて、一口女子といっても様々なタイプがいる。
男にも巨乳好きと貧乳好きがいるように、物理ビルト派と魔術ビルド派がいるように、恋愛においても攻め方は柔軟であるべきだ。
ポニテこと吉崎は、基本的には好奇心が強いが恋愛には奥手。
だから俺は攻めて攻めて攻めまくるつもりだ。
他方、ギャルである九重は積極性が強い。
俺からいくのではなく、あくまで引きの姿勢で進めるべきだろう。
ここで一つ注意するべき事がある。
いくらギャルだといっても「アプローチを仕掛けて良いという認識」はさせる必要がある。
だから、出会いの時だけは攻める。
俺は立ち上がると、少し照れたような表情を作りながらも九重の目をしっかりと見つめる。
そして、彼女の耳元に顔を寄せ――
「その……一目見た時から、すっごく可愛いと思ってたんだ」
「…………ひゅ?」
九重は何か言おうとしたのだろうが、空気を吸い込む音しか出ていない。
彼女が俺の言葉を確実に噛み砕くまで時間がかかるが、荒療治で動かすことにする。
「あっ……お弁当を作ってくるの忘れちゃった。誰か、もしよければ学食に――」
「「「私が連れていく!」」」
ギャルの作り上げたイケイケの空気に力をもらった女子がクラスの半分ほど。
メンバーの中には吉崎や御厨もいる。
「あ、アタシが一番近くにいるんだから、ととと隣だからっ!」
トチ狂った論で所有権を主張してはいるものの、小一時間気絶しそうだった彼女を活性化させることはできた。
こうして俺はストーリー序盤にして二十人ほどのパーティを組み、食堂への冒険を始めるのだった。
ようやく始まるぜ、ラブコメがよぉ!
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