50.山田花子とピンク髪の生徒
「——おねーさん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんやけど、ええかな?」
「えっと……一年生だよね? どうしたのかな」
山田は冷静に対応することにした。
どうして自分に——食券自販機の列に並ぶ自分をわざわざ選んだのかは謎だったが、むげにはできない。
それは、年下には優しくしたいという善意からのものであるし、知らない人間に声をかけられるという非日常でもあったからだ。
「ちょっと困ったことになってしもて、誰か助けてくれへんかなぁって辺り見とったんやけど、おねーさんがいちばん優しそうやったから」
「そ、そっか……えへへ」
優しいとは抽象的な褒め言葉だが、言われて嬉しくないわけがない。
「いいよ、先輩が手伝ってあげる」
「ほんまぁ? ありがとうなぁ」
山田が上機嫌で、若干上からの承諾をすると、ピンク髪の生徒は目を細めて笑った。全てが自分の思い通りと言いたげに。
「それで、何をすればいいの?」
「えっと、とりあえずウチについて来てほしいんやけど。説明するんがちょっと難しゅうて」
この時間からどこかに行けば、今日の昼食は抜きかな。
山田は一瞬だけ迷ったが、乗りかかった船だ。パンでも齧れば腹は膨れる。
下級生が歩き出したので、山田は一歩後ろから着いていくことにした。
生徒たちが頻繁に利用するのとは別の出口から出ると、山田は問う。
「どこまで行くの? もし迷いそうだったら、私が教えて——」
「んー? そうやなぁ、おねーさんって、なんて名前なん?」
「私? 私は山田花子だよ」
「えらい可愛らしい名前やなぁ。ウチは好きやよ」
「そ、そう……?」
心臓が跳ねる。相手は同性なのに、ピンク髪の生徒は蠱惑的な雰囲気を漂わせていて、魅了されているのに気付く。
「うん。もしかして、花子ちゃんって妹とかいてはる?」
下級生は歩みを止めないまま言葉を滑らせる。
「いないよ、一人っ子なの。でも妹がいたらいいなぁって思うことは多かったかな。どうして?」」
「なんやろ、そんな雰囲気するんよね。ウチもお姉ちゃん欲しかったし、相性ええんかもしれへんねぇ」
こちらを値踏みするような目をしたと思ったら、今度は年相応のあどけない笑顔。
山田は、自分の心に巣食い始めている感情に名前をつけるのが怖くなった。
怖くなって、せめて相手の目的だけでも明かして安心しようと思い、口を——
「——あぁ、ここやね」
開く前に目的地に到着したようだった。
「ここって……お手洗い、だよね?」
ピンク髪の生徒が連れてきたのは、校舎の外れにある誰も使わない女子トイレだった。
そもそも、この学校に男子が入学するなんて予測が出来た者は誰一人おらず、樹が使用できるトイレというのは、彼のクラスから一番近い女子トイレを潰し、急遽改造したもの。
そのため、彼女たちの言う「お手洗い」や「トイレ」に「女子」という冠は付かないのだが……とにかく、普通の生徒はこんな場所に来ない。来る必要がない。
「そうそう。ここの中に助けてほしい人がおるんよ」
訝しむ山田のことなど意に介さず、少女はさっさとお手洗いに入ってしまう。
「ま、待って!」
せっかくここまで来たのだし、誰もいない不気味な廊下に背筋が冷えて、慌てて追いかける。
山田が足を踏み入れた時、ちょうどトイレの蛍光灯が光を放ち始めた。
(……人が、いるんだよね?)
ピンク髪の生徒が入ってきたことにセンサーが反応して電気が付く。それは理解できる。明かりのタイミングが遅れても不思議じゃない。
だが、彼女は「助けてほしい人がいる」と言った。
であれば、よほど重病で動くこともままならない状況でない限り、暗くなることはありえない……はず。
緊張。先ほどまでの、恋心にも似た淡いものではない。
首筋に刃を当てられているように、黒く、冷たい。
「さ、ここを開けてほしいんやけど」
引き返すか?
いや、好奇心が邪魔をする。
今、山田の目の前で静かに佇む扉は、一番奥の個室のものだった。
なんの変哲もないどころか中に誰かがいる気配すらないのが不気味でしょうがない。
ピンク髪の生徒は、自分が扉を開けるのを不安そうに待っている。
もうどうにでもなれ。そんな気持ちで、山田は手のひらで扉を優しく押した。
ギィ……という音と共に扉が開き——
本当はこの先まで書きたかったのですが、今週は時間があまり取れず、毎日投稿を優先して良いところで切っちゃいました。てへ
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