49.もっと夢中にさせるから
「…………そうよね。横島くんが私のためにここまでしてくれたのに、プライドなんて持ってる場合じゃないわよね」
呟いた月ノ原は片手を伸ばし、俺の手を優しく握った。
「本当は少し、悲しかったの。一緒に本屋さんに行って、また色んな話ができたらって思ってたから。でも、機会を潰したのは私。横島くんは……樹はいつだって優しいもの」
「月ノ原さん……」
「ねぇ、私のことも名前で呼んでほしいの。ミラって」
「……ミラ」
俺が彼女の名前を呼ぶと、その言葉を大切にしまい込むように、両手を胸に当て、頷く。
「……うん、うん。あの人に呼ばれるのとは全然違う。樹に、樹の声に呼ばれるだけで、胸が幸せでいっぱいになる。私、これからはもっと、社交的になろうと思うの」
「社交的?」
「そうよ。御厨さんとか九重さんとか、樹のことが好きなのは素敵な子ばかりでしょ? 仲間として、ライバルとして、みんなの良いところを学んで、樹をもっと夢中にさせるから」
月ノ原……ミラは「最初は失敗もするけどね」と付け足し、軽く肩をすくめてみせる。
「ミラ、ありがとう。僕ももっと努力するよ」
「ふふっ……これ以上格好良くなるなんて、私をどうしたいの?」
心からの笑みを浮かべている。
これこれ……これだよ。一度はどん底まで叩き落としたとしても、可哀想なまま放置したりはしない。
上げたり下げたりしながら、最後にはしっかり幸せにする。変態の流儀である。
そもそもの話をするが、女は刺激に弱い生き物だ。
世間一般で言われる「誠実な人が好き」というのは真っ赤な嘘というか、物は言いようというか、場合による。
ただ優しいだけの男と一緒にいても、飽きてしまうのだ。
起伏のない男に満足しているのなら、世の中に浮気なんてないだろう?
そうではなく、適度な刺激によって自分の感情を振り回しつつ、たまに見せてくれる誠実な一面にキュンとする。
要は「自分を雑に扱えるほどモテている男」が「自分を雑に扱わない瞬間」が見たいのだ。
それを履き違えた男が「よし、女の子には真摯に対応するぞ!」と息巻いているが、モテない男の誠実さには何も感じないのが辛いところ。
他方、本当に誠実な男が好きな女もいる。
だが、そういう人間は刺激を過度に嫌うために男側が飽きてしまったり、言葉のキャッチボールがお粗末だったり、遊びまくって落ち着いた女だったりするわけで……一度きりの人生を捧げるには精神的なリターンが少ないのだ。
以上、俺が何十何百の明晰夢を渡り歩いて得た知見でした。
話が逸れてしまったが、俺はミラも愛すということだ。
見てほしい。彼女は俺に心を開いているし、食堂内も極めて平和だろう?
間違っても、俺の生活を脅かすような存在は現れないということだ。転生最高だぜ!
・
横島樹が月ノ原ミラと愛を深めている頃、山田花子は食券販売の自販機に並んでいた。
山田は樹と同じ二年生であり、教室は一つ隣。
今までに男性と関わったこともなく、興味はあるものの、それは芸能人に向けるような幻想的なものであった。
少しクセのあるミディアムの黒髪を揺らしながら、彼女は自分の順番が来るのを待っている。
(今日は何にしようかな〜。豆腐ハンバーグ……はちょっと地味かな。ジャンバラヤってなんだろう)
自他共に認める地味な女。
自分でもそれを理解しているから、昼食ぐらいは少しばかり特徴的なものが食べたいと思うのは自然だろう。
そうして今か今かと未知のジャンバラヤへの希望を膨らませていると、ふと、誰かに背中を叩かれた。
叩かれたと言っても力は強くなく、指で突いているようだった。
(……誰だろう?)
山田が振り返ると、見知らぬ生徒が立っていた。
今まで話したことはないし、制服のリボンの色を見る限り、一つ下の一年生だろう。
彼女は不思議そうにしている山田に対して、ニコッと笑顔を見せる。
「——おねーさん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんやけど、ええかな?」
ピンク色の長い髪をツインテールにまとめた——メスガキだった。
き、き、キターーーーーー!
ランニング中に彼女の名前を考えました。
月ノ原が霞むぐらいの強敵になるので、楽しみにしておいてください
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