43.夢の終わり
…………………………………………あれ?
意識は俺という器を飛び越えて、女子がひしめく高校のはるか上空にあるはず。
それなのに身体を揺らされる感覚があって、俺は目を開けた。
「——樹さん、樹さん! どうされたんですか!?」
男女比がぶっ壊れた世界で、俺が最初に彼女にしたお嬢様——御厨美桜が、とてつもない勢いで俺を揺すっている。
顔中に「心配」だと書いてあるようだった。
だが、この世界は明晰夢を極めた俺の夢。
俺の欲望を叶えるだけの世界のはず。
月ノ原を攻略したあたりでキリが良いし、とりあえず一度、現実世界に帰還したい。
美桜に言葉を返すこともせず、俺はもう一度目を閉じる。
………………………………………………あれぇ?
精神は俺——横島樹という器を飛び越えて、女子しかいない高校のはるか上空にあるはず。
だというのに身体が前後に揺さぶられて、俺は再び光とあいまみえる。
「——樹さん、立ちくらみですか!? い、今すぐ誰か呼んできましょうか!?」
男女比偏重世界で、俺の尻拭いをしてくれるお嬢様——御厨美桜が、今にも泣き出しそうな顔で俺の背中をさすっている。
人が呼ばれると大事になりそうだし、俺は片手で美桜を制止する。
「大丈夫だよ、美桜」
「本当ですか!? 少しでも気分が悪ければ、御厨グループの回復ポッドに——」
「本当に平気。ちょっと…………考え事をしてたんだ」
そう言うと、彼女はほっと胸を撫で下ろす。もう大丈夫だろう。
「もう少しだけ考えていてもいい?」
「えぇ、もちろんです。樹さんが無防備な状態でも、私が命をかけて守りますからっ!」
回復ポッドは大いに気になるが、俺は思考の海に戻ることにした。
(……どうして夢から戻れないんだ……?)
こんなこと、今までに一度だってなかった。
俺はどんなに長い明晰夢でも、文字通り我が物顔で歩くことができた。
慣れてから、俺が自在に操れなかった夢など一度だってない。
この世界に産まれ落ちて、物心が付いた時から高校二年生の今までを実際に過ごしてはいるが、過ごしすぎたというわけでもない。
俺はかつて、別の明晰夢で一つのギャルゲー世界に五十年間こもったこともある。何度かリセットしてはいるが。
だから戻れないなんてあり得ないはずだ。
もし、それでも世界が俺を縛り付けるのだとしたら……。
恐ろしい考えが過り、全身が総毛だった。
(俺は……もしかして、転生しているのか……?)
突飛な考えだということは理解している。
だが——もう俺ではない——神様は頷いたのだ。
記憶の奔流。
真実に辿り着いたらしい俺に、決定的な証拠が提示される。
度重なる残業。家に帰っても飯をかき込んで寝るだけの日々。俺の心の癒しは自分磨きだけだった。
……その日は、かなり荒れていた。
俺が密かに気になっていた同僚の……名前は思い出せないが、ナントカちゃん。
彼女が仕事終わりに彼氏と待ち合わせしているところを見てしまったのだ。
別に恨んだりはしていない。そりゃあそうだという感情だけだ。
朝から晩まで働き詰めの俺に比べて、彼女の隣を歩く男には余裕があった。納得にも近い敗北感だ。
しかし……しかし、受け入れても心の底に溜まる澱はある。
だから俺は、翌日が休みだということもあって、二十四時間耐久自分磨きを敢行して、それで……。
————シコり過ぎて、死んだのか。
俺はテクノブレイクを起こして死んだ。
本当かは分からないが、医師会はこう言っている。
自慰のし過ぎで死ぬ人間はいない、と。
つまり、俺は人間を超えたのだ。
常人には成し得ない興奮と耐久力によって限界を超えて、死に、神様に第二の人生を与えられた。
(こ、この世界——チョロすぎるだろ……ッ!)
俺が今まで上手く行っていた理由は、間違いなく自分が創造神だからだと思っていた。明晰夢を操れるからだと。
だが、この世界での俺が、貴重なだけのただの男だとしたら、あまりにも人生がイージーすぎる。
ここまでざっと……そうだな、ラノベで言えば一巻分くらいの学生生活を送ってきたが、世界が俺の予想を上回ったのは一度だけ。
吉崎という運動部女子の脚がエロすぎたことだけだ。
「………………そういうことかぁ」
目を開くと、美桜が不思議そうに俺を覗き込む。
「もう……済んだのですか?」
「うん、覚悟は決まったよ。ありがとう」
優しい手つきで彼女の透き通るような金髪を撫でてやる。
「んん……っ」
猫のように、俺の手に頭を擦り付ける美桜の反応を横目で見ながら、俺は確固たる決意を固める。
一章で完結する予定でしたが、もう一章続けようと思います!
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