40.軍師の策・リベンジの章
「なぁ、あなたと一緒に、なんなんだよ」
どこかで聞いたことのある声が、俺たちと同じ高さから聞こえてくる。
並んで座る俺と月ノ原の向こう側。会場の階段を降り、こちらへ向かう——山下の姿。
月ノ原は反射的に立ち上がり、山下の方へ振り返る。
その背中はあまりにも頼りなく、わずかに震えていた。
「なぁ言ってみろよ、ミラ。それは僕以外に吐いちゃいけない言葉じゃないのか?」
「ど、どうしてあなたが……」
その疑問を嘲笑うかのように、山下は肩をすくめる。
「そんなのさぁ……ミラのスマホにGPSを入れてるからに決まってるじゃん!」
「なっ……」
「監視アプリだって入れてるから、スマホで何を調べてるとかも全部わかるよ? 今まで気付かなかったわけ?」
絶句する彼女だったが、俺は気付いていた。
ファミレスでスマホを借りた時だ。
新しい機種だというのに不自然に重いだなんて、今日日あり得ない。
たとえば写真や動画が多いとかで容量を食っているのなら分かるが、彼女はスマホを使う機会が少ない。
となると、理由として考えられるのは外部からの干渉。
「最初は友達と水族館に行くのかと思ったけど、さっき思い出したんだ。ミラって友達いないでしょ? まさか、一人で水族館に行く人なんていないだろうし」
月ノ原がギリっと歯を食いしばる。
俺はゆっくり立ち上がり、彼女を守るように一歩、前に出る。
「横島くん……」
「大丈夫。ここは僕に任せて」
面と向かったことで以前の記憶が呼び覚まされたのか、山下は顔を醜く歪ませた。
「お前……なんでお前がミラと一緒にいるんだよ! ミラだって、許嫁の僕が悪く言われていやじゃなかったのか?」
「一つ、この世界じゃ知る機会の少ない真実を教えてあげますよ。恋は弱肉強食なんです。最初は嫌っていたとしても、より強い雄に惹かれるんですよ」
「ぼ、僕が弱い雄だって言うのか!?」
「この前、惨めに敗走した姿を弱いと言わないなら、弱くないんじゃないですか?」
山下は言葉を詰まらせる。
「だいたい、月ノ原さん——ミラの心が自分のモノだと思うのは勘違いですよ。話もつまらない、他人に興味を持つこともできない人を、誰が好きになるっていうのか」
「お前、ミラのことを名前で呼ぶな! それに、僕の話は面白いだろ? なぁ、ミラもそう思うよな?」
怒涛の勢いで山下を攻撃し続けると、彼は月ノ原に助けを求め出した。だが——
「まっっっっったく思わないわ。あなたと一時間会話するより、横島くんと二秒言葉を交わす方が楽しいもの」
「なっ——!?」
既に月ノ原に手は回してある。負ける理由は皆無だ。
「……こうしましょう。前回のリベンジです」
「リベンジぃ?」
「ほら、あなたの母親は……なんだっけ、偉い人なんでしょう?」
「議員だ! 二度と忘れるなよッ!」
「そうでしたそうでした、もう忘れないようにします」
「当たり前だろ、これぐらい覚えとけ!」
「なら……先週、自分がどうしてレストランを出て行くことになったかも、覚えていますね?」
「…………お、覚えてるよ」
さっきまで真っ赤になっていた山下の顔色が、少しだけ落ち着く。
「話が早くていいですね。今回も選んでもらいましょう」
「選ぶって……誰に、何を選んでもらうんだよ! ここには誰もいないのに! 目が悪いんじゃないかぁ? イルカに質問するのか? 『どっちが正しいですか』って——」
「ミラに選んでもらうんですよ」
山下の口が、小さく「かっ……」と漏らす。
「な、何を選んで、もらうっていうんだよ……」
「僕とあなた、どちらがミラを幸せにできるかです」
俺は言葉を途切れさせないように続ける。
「現在、彼女の家は補助金に頼っているようですね。しかし、この補助金は本来、男と婚約関係になくても、恋人であれば申請できるもの。ミラが僕を選んだところで何も変わらない」
「そ——」
そんなの。山下はそう言おうとして、やめた。
俺の言っていることが正しいことぐらいは知っていたようだ。
「で、どうしますか?」
「どうするって……」
「わざわざここまで来て、自分の許嫁の心を奪われたまま逃げ帰るのか、ミラが本当は自分を愛していると証明してみせるのか——選んでください」
山下は呆然とした顔で黙り込んでいた。
イルカが泳ぐことで生じる水音だけが、この場に時間が流れていること教えてくれる。
そして、十分すぎる熟慮の後、山下は絞り出すように声を発した。
「………………やるよ」
もう山下の纏う空気はお通夜である。
答えは分かりきっているのだ。
だとしても、ここからは俺が絶頂できる最高のシーン。
しっかり堪能させてもらう。
「月ノ原さん、教えてもらってもいい?」
「…………分かったわ」
彼女の目を見つめると、強い眼差しが返ってきた。
そこに迷いもなく、恐怖もない。
ただ、自分の心を預けられる存在を得ただけで、人はここまで強くなれるのだ。
月ノ原は俺の陰から出て、俺と山下の中間に立った。
ピッタリ真ん中だ。これがどちらに転ぶのか、この瞬間に到着した人間がいれば、分からないかもしれない。
「私は……」
呟くようなそれは、驚くほどしっかり耳に届いた。
山下が唾を飲み込む音さえも聞こえてくる。
しかし、集中が必要な時間は長くない。
月ノ原はイルカにさえ聞こえるように、はっきりとした口調で言ったからだ。
月ノ原はどちらを選ぶのか、山下をシバくことはできるのか。次回、決着…!
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