天才の席選び
ようやく次の展開に進むようだ。
「ええと、横島くんの席は――」
空席は廊下側の一番後ろの席、ハーフの近くだ。
だが、宮木先生の指は一直線に空席に向かう……ことはなく、蚊のように目的もなさそうに宙を漂っている。
あれは便宜上置かれているだけなのか?
「もしかして、決まってないんですか?」
「そ、そそそそそんなことないですよぉ!? せっかく男子が私のクラスに来てくれるのに、決めてないなんてことは……!」
ギョッとした様子だが嘘ではなさそうだ。
おそらく、どの席にすれば良いのか決めることができず、今日この日を迎えてしまったのだろう。
いくら教師と言えど女性。
先ほどまで宮木先生にツッコミ入れていた生徒たちも、今は俺の言葉を聞き逃さんと口にチャックを縫い付けているのだから、対応の難しさは想像に難くない。
「とつぜん男が転入してくるなんて思いませんもんね。先生は悪くありませんよ」
「よ、横島きゅん……」
必殺スマイルは大人にも有効なようだ。
「もしよければ僕に席を決めさせてもらえませんか?」
「横島きゅん自ら!? い、いいですよ!?」
先生も後でいただきたいという欲望を抱きつつ、俺は再び教室内を物色するように眺めると、視線の先々に緊張が走る。
この場における俺の力は無限にも等しい。
仮に席選びをミスったとしても「やっぱり別にしていいですか?」で通るはず。
しかし、そんなズルはつまらない。
最初から最後まで全てを掌の上で転がしてこそ、夢の世界だ。
「それじゃあ……あそこにします」
俺が指を指したのは、教卓から見て一番右の列、前から二番目。
つまり――ポニテの後ろの席。
「――ッッ?!」
ポニテの激しい動揺が顔に表れている。
「分かりました。なら……御厨さんは一つ右に、残りのみんなは……いい感じにズレてもらおうかな」
一般的な世界なら、こんな雑な指令を出されれば文句の一つでも挙がるだろう。
だが、生徒たちは何も言わずに立ち上がり、席を動かした。
男子のためなら仕方ないよね、という空気。
「ど、どどどどうしよう……汗が、汗が……」
例外として、涙目で自分のシャツの匂いを嗅いでいるポニテと、
「まさか殿方が私の席に座るなんて、これはもう婚約なのでは……?」
先ほど御厨と呼ばれた、お嬢様らしき二人だけは独り言を呟いている。
俺は先生に一言挨拶すると、手に入れた陣地へと進む。
ポニテの横を通ろうとすると、彼女は身体全体をこちらへ向けて、もはや逃げようとしていような始末。
「横島樹です。よろしくね?」
微笑みながら通り過ぎ、椅子に腰を下ろすと、後ろからでもポニテの耳が真っ赤になっているのが分かった。
「あらあら、私が椅子をお引きしようと思いましたのに」
右隣の御厨が声をかけてくる。
その声は極めて繊細。腹から出しつつも五月蝿くないように抑えられていた。
「私は御厨 美桜です。よろしくお願いいたしますわね、横島くん。分からないことがあれば、いつでも私に聞いてくださいね」
花のように上品な笑みと共に差し出される手。
「御厨さん、よろしくね。本当は怖い人ばかりじゃないかって不安だったんだけど、御厨さんみたいに優しくて綺麗な人が隣で嬉しい。仲良くしてね」
手を握り返した時にはまだ、体温が高いなとしか思わなかった。
それが「優しくて」のあたりから腕、首、顔と広がっていき、みるみるうちに学友から女へと変わった。
「ぜ、ぜひ……お手柔らかにお願いしましゅ……」
手を離すと、彼女は両手で自分の顔を抑えてしまう。
周囲からは御厨への揶揄いの一つでも飛んできそうなものだったが、俺の華麗な手際に圧倒されているのか、生唾を飲み込む音しか聞こえない。
チラリ。ハーフと一瞬だけ目が合うが、すぐに逸らされてしまった。
続けて教卓を見るが、宮木先生もやられているようで、まだ持ち時間がある。
俺は黒板を眺めたまま固まっているポニテの背中を優しく二回叩く。
「――っひゃあっ!?」
ビクンと大きく跳ねた彼女は椅子から転げ落ちそうになり、どうにか踏み留まると、こちらに身体を向けてくれた。
「驚かせてごめんね。名前を聞きたくて」
「な、名前? 私の名前って……なんだっけ。え、本当に思い出せないんだけど」
「はは、可愛いんだね」
「可愛いっ!?」
何気なく漏らした「可愛い」にすら大袈裟な反応。
「か、可愛いだなんて……男子から初めて言われた」
「そうなの? きっと、みんな思ってるけど言わないだけだよ」
「う、うう……私なんて運動しか取り柄ないし、でも汗臭いし……」
チャンスが巡ってきた。
ここで、俺がこの席を選んだ理由を思い出す。
まず、このクラスで気になった三人。
ポニテとギャル、そしてハーフ。
最もアツい案件はハーフではあるが、最初から挑むのは分が悪い。
……というより、スタートダッシュの恩恵は受けるに限る。
落としやすい女子を先に落とし、自分の味方にしてからボスへと挑むのが定石。
だからハーフ周りの席は候補に入らない。
次にポニテとギャルの二択だが、前者になくて後者にあるものは何か。それは積極性である。
ついさっきの「運動しか取り柄がない」発言からも、ポニテは自己肯定感があまり高くないと読み取れる。
自分から俺と関わろうとしてこない可能性が高い。
それに対してギャルはマインドが強い。
俺を見て照れてこそいたものの、表情からは自信が滲み出ていた。
先に予想しておこう。彼女は昼休みに俺に声をかけてくる。
このような考えのもと、俺はポニテの後ろを選んだ。
え、どうして隣じゃなくて後ろかって?
うなじが見えるからに決まってんだろ。
現実世界に帰還しよう。
状況確認。ポニテは「汗臭いし……」とマインドブレイク中。
一方で、俺への好感度は高い状態にある。
ここは「押す」一択だ。
「臭くなんてないよ? むしろ、良い匂いがすると思ったんだけど」
「なっ……」
ビギナー変態が泣いて逃げ出すワードが飛び出たが、今世の俺の可愛さと男の希少性によって、むしろキラーフレーズと化すはず。
事実、ポニテは「えあ……」とプラス方面で言葉を失っている。
よし、トドメといこう。
そろそろ名前も教えてほしいし。
「僕には魅力的な子に見えるけどね。それで、名前はなんていうの?」
「わ、わたしっ、は……吉崎 千尋、です……」
「吉崎さんもよろしくね」
彼女の紅潮具合を見て俺の心は満たされた。
汗の匂い、漂ってこないかなぁ
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