38.初めての戦利品
パフェが届くと、御厨の顔は少女のようにパッと明るくなった。
「人気のあるスイーツだと聞いていましたが、目の前にすると気分が上がりますね!」
「パフェはカタカナだけど、実は日本が発祥なんだよ。その昔、波笛さんっていうお菓子職人が、家にあった茶碗でケーキを作ろうとした時に発明したらしい」
「そうだったんですか!? 横島くんは博識ですね!」
ぱちぱちと手を叩いて褒め称えてくれる御厨だが、当然ながらこれは嘘だ。
どれくらい適当なことを言えば嘘だとバレるのか、試してみたくなった。
「ごめん、実は嘘なんだ」
「……そうなんですか?」
「うん。御厨さんが僕のことを信じてくれるのか気になって」
「ふふっ、おかしなことを聞くんですね。私が横島くんを疑うなんて、あるわけがないです」
そう言って、花も咲くのを躊躇うような儚い笑みを浮かべる彼女だったが、何を考えたのか徐々に真顔になり、顔から血の気が引いていく。
「も、もしかして、私とお付き合いしてくださるというのも……嘘、ですか……?」
「違う違う! それは本当だよ!」
震える御厨の手を強く握ってやると、「不安になってしまいました」と涙目になる。いじめ甲斐があるな。
「うう……私、どうしてしまったんでしょう……横島くんと付き合えて嬉しいのに、同じくらい心配になってきました。いつか、私が至らないせいで捨てられてしまうのではないかと……」
全国、いや全世界にいる——かは知らない——俺のアンチよ、見たか? 刮目したか?
これが御厨の嫉妬の発芽だ。
彼女と付き合わなければ、これは見られなかっただろう。
「僕が御厨さんを捨てるなんて、それこそあり得ないよ」
「そうでしょうか……」
「だって、御厨さんはずっと見ていたくらい綺麗だし——」
目の前に茹蛸が現れる。
「僕のお願いを何でも聞いてくれるんでしょ?」
「もちろんです。横島くんが望むなら、日本で初めての男性の総理大臣にだってしちゃいます」
それは多分、この世界の俺のスペックを考えれば一人でも可能だが……それぐらいの覚悟を示してくれているわけだ。
「なら、僕が御厨さんを捨てることは絶対にないね。逆に僕が捨てられちゃうかもよ?」
「そんなこと、嘘でも言わないでください!」
彼女の尺度で言えば「叫ぶ」という表現が正しいのだろうが、その声は小さく、他の客への配慮は忘れていなかった。
御厨の瞳には、うっすらと涙が溜まっている。
「私は、横島くんを一目見た時から惹かれていたんです。そして、もし横島くんとお近付きになれたら、こんなに幸せなことはないと思っていました。そんな私が横島くんを手放すと思いますか?」
ゆっくりと首を横に振る。
「ごめんなさい、熱くなってしまいました……」
「それぐらい僕のことを想ってくれてるわけだし、むしろ嬉しいよ」
「本当ですか……?」
面倒臭い彼女ムーブがたまらない。
現実の女性が相手ならだんだんと嫌になってきそうなものだが、御厨はドがつくほどの美少女。将来は美女が確定している。
そんな相手に愛されて、嫌な男がいるだろうか。反語である。
「僕の不安は綺麗さっぱり無くなったよ。御厨さんはどう?」
「私は……まだ少しだけ、あります」
悪いことを言っていると思っているのだろう。
彼女は節目がちに告げた。
「だったら、もっと恋人らしい呼び方にするのはどうかな?」
「恋人らしい呼び方……?」
「僕は今日から、御厨さんのことを美桜って呼ぶよ」
「みっ————美桜!?」
座ったままの姿勢で三十センチぐらい跳躍する御厨。
よくよく考えると、俺たちはまだパフェに手をつけていない。
てっぺんに鎮座しているアイスが溶けかけていた。
「どうかな。これなら恋人だって分かるでしょ?」
「そ、そそそそれは心からの感謝を伝えたいところで、あの、是非ともよろしくお願いします……なんですけどぉ……も、もう一回だけ、呼んでもらっても……いいですか?」
「美桜?」
「はあぁっ……」
語尾にハートの絵文字が付いているため息だ。
しばらく余韻に浸っていた美桜だが、やがて意を決したような表情になって、姿勢を正した。
「では……私も横島くんのことを、お名前でお呼びしても、良いということですか?」
「もちろん、美桜の——」
「ああっ!」
「——美桜の好きに呼んでほしい」
毎回のように喘がれるのはアレだが、名前で呼ばれるのは賛成だ。
この世界で過ごしている時間が長すぎて、俺の第二の名前のようになっているしな。
「な、なら私は…………樹さんと、呼んで良いでしょうか……!」
樹くんじゃなくて樹さんときたか。素晴らしい。
確かに、名前にさんを付けるのは貞淑な妻という感じがして良い。
「もちろん。改めて、これからよろしくね、美桜」
「は、はいっ! よろしくお願いします…………い、樹さんっ!」
俺たちは笑顔で見つめ合う。
二人の周りだけお花畑のような雰囲気だ。
……思い返せば、こんなエロゲのような世界を生み出しておきながら、俺は健全なイベントばかり起こしている。
九重とはキスをしたし、吉崎とは一線を越えかけたのは確かだが、実際の行為は何一つ行なっていないし、今も美桜と名前で呼び合うという健全百%具合。
これはこれで悪くないが、来週あたりにはエロイベの一つでも起こしたいところである。
そのためにも、月ノ原の攻略を済ませなければならないが。
「……あっ、アイスが溶けてしまっていますね……」
王様は待ちくたびれてしまったようだ。
白い液体がグラスの淵からツーと垂れている。
美桜は細長いスプーンで、王様のまだ溶けていない部分を掬うと、こちらへ向けた。
「こ、これも恋人の特権……ですよね? 樹さん、あーん、です」
口を開け、侵入してきた甘さを味わう。
自分で口にするよりも数段甘い。
美少女は最高のスパイスだ。身体に悪い成分も入っていない。
「わ、私はどうすれば……」
アルカイックスマイルの俺の目の前では、美桜が間接キスをして良いのかどうか迷いに迷っている。
初々しいな、なんて思っていると、美桜はおもむろに席を立ち上がり、どこかへ去っていく。
二分後、戻ってきた彼女の手にはジップロックと新たなスプーンが握られていて、美桜は俺の使用済みスプーンを丁寧にしまうと、もう一本のそれでパフェを食べ始めた。
「ん〜! とっても美味しいですね!」
これで万事解決! という流れになっているが、ここには一本のスプーンしかない。俺たちはパフェをシェアするんだぞ?
結局、美桜は俺にパフェを食べさせようとする度に新しいスプーンを貰いに行き、それを保管するというループに突入した。
俺用と自分用の二本を使い分ければ良いということに気付いたのは、持ち帰りが五本になってからだ。
次回、ついに月ノ原とのデート!
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