34.一枚だけね
——なんていうふうに、きっと月ノ原は思っているだろう。
え? さっきまでの真面目な回想はなんだったんだって?
あれは最初から最後まで、全部俺の予想だ。
というのも嘘で、月ノ原の大まかな情報は叔母である理子さんに調べてもらった。
俺に「子種をばら撒きなさい」と言ってのける爆乳である。
狙っている女子がいると伝えたら、二つ返事で調べ上げてくれた。
彼女の職業が何か未だに知らないが、この上なく頼りになる存在だ。
そうして共有してもらった情報をもとに、俺は彼女の考えていることを大まかに予想している。
細かい部分まで合っているとは思わないが、俺の世界である。見当違いだなんてことはない。
俺は内なる自分と対話しながら、明日以降の作戦を考えていた。
本当ならもう少し時間をかけたいところではあるが、そうも言ってられないだろう。
月ノ原に悩む時間を与えすぎるのは悪手だからだ。
かと言って、週末のデートで彼女を落とすには外的要因——つまり山下の存在が邪魔すぎる。
好感度自体は順調に稼げているのだ。
俺たちはもう同じ趣味を持つ仲間であるし、彼女のこころに巣食う孤独は埋まり始めている。
しかし、山下がいる限り真の平穏は訪れそうにない。
彼の母親が議員だというのは事実のようだし、まとめてシバくくらいの火力が必要だ。
そのためには、俺は何をして、誰に助けてもらえばいいのか……。
よくよく考えてみると、答えはもう出ているようなものなのだ。
俺にはそのための手札があり、頭脳があり、力があるのだから。
その前に、本命との話を進めなければならない。
本屋デートの翌日、放課後に時間を進めさせてもらおう。
・
「————ぇ————ねぇ」
意識を現実という名の明晰夢に引き戻す。
「ねぇ、ボーッとして何してるの?」
少し不機嫌そうに、俺の前に座る月ノ原が聞く。
「あぁ、ごめんね。ちょっと同期の時間が必要で」
「……なに言ってるの? もしかして体調でも悪いのかしら?」
「ううん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「…………そう」
言葉だけなら煽りにも思えるが、微かな抑揚から、本心での心配だと分かる。
俺たちは今、渋谷にあるファミレスに来ていた。
「それで……今日はどうして私を呼んだのかしら?」
誘われてホイホイついてきておいて、「どうして私を呼んだ」だなんて可愛いやつめ。
まぁ、今の段階では彼女に主導権を握らせるのが丸い。
引き出さなければいけない情報もあるしな。
「週末どこに行くか決めたい……っていうのもあるんだけど、純粋に月ノ原さんと話したくて。ほら、毎日のように顔を合わせてるから、話さない日が物足りないっていうか」
「……なるほどね」
彼女は両腕を組みながら頷く。満更でもなさそうな顔だな。
「そこまで言うなら……話しましょうか。『太陽と十フラン』は、流石にまだ呼んでないかしら?」
「百ページくらい読んだよ」
「本当!?」
こちらに身を乗り出しかけた事に気づき、月ノ原は咳払いしながら姿勢を正す。
「まさか、そんなに早いとは思わなかったわ」
「昨日は触りだけにしようと思ったんだけど、予想以上に面白くて。しかも、聞いてたより画家がワイルドな人で」
「そこが魅力的でもあるのだけどね。実は私も『木星の耳』を読み始めて——」
それから約三十分。ウェイトレスが運んできたパフェが空になるまで、俺たちは小説トークを続けていた。本題に入らねば。
「——そろそろ予定を決めないとね」
「そうね。あなたと話していると、ついつい時間を忘れてしまうわ」
「それって、僕と話すのが楽しいってこと?」
「…………さぁ、どうかしら」
なかなかツンの仮面が剥がれない月ノ原だが、俺は大いに楽しんでいる。
だって、来週にはこの仮面は跡形もなく踏み潰され、俺に弄ばれることになるのだから。
「最近気になってるところってある? 僕はこの前、テレビで水族館特集を見て、行ってみたいんだよね」
「水族館、いいわね」
照明が明るすぎない水族館なら距離を縮めるのにちょうど良い。
「月ノ原さんは行ったことある?」
「小さい頃に一度、母と行ったわね。確か……品川だったと思う」
「僕が行きたいのも品川の水族館なんだよね。もしかしたら、月ノ原さんが行ったところかも」
「良いわね。私も久しぶりに行きたいと思ってたの。クラゲを見るのが好きで……自由に揺蕩う姿が」
そう言った彼女は、どこか遠くを見つめている。
ここではない、遠い過去を。
「なら水族館で決定だね。待ち合わせだけど……」
あえて言葉を途切れさせる。伝家の宝刀の出番だ。
「あ、ごめん。スマホの充電が切れちゃってるみたい。申し訳ないんだけど、月ノ原さんのを借りてもいい?」
「えぇ、いいけど」
彼女はカバンから剥き出しのスマホを取り出して俺に手渡す。
「ありがとう。誰かとメッセージすることも少ないから、スマホを気にする習慣がなくて。月ノ原さんはスマホ、よく見るの?」
カバーすら付いていない所から予想はつくが、確認は必要だ。
「私も全然。そこそこ最近の機種のはずなんだけど、なんだか動きが悪いのもあって、もっぱら活字に逃げちゃってるわね」
「アンチ電子書籍だね」
「電子は電子で便利なんだけど、紙も捨てがたいわね」
話をしつつ、彼女のスマホを点ける。
なるほど……確かに動きがカクついているな。
スマホの動きに苦戦しつつも、検索アプリを開いて水族館の公式サイトを確認する。
「へぇ……クラゲのところ、特別なライトアップがあるらしいよ」
手のひらの箱の向きを変えて彼女に見せる。
「一日中いても良いわよ、私は」
「はは、追い出されなかったらそれもいいね。週末だからイルカショーを見る人も多いだろうし、その分クラゲのところにいようか」
「……いいの?」
月ノ原は首を傾げた。
「好きだから、クラゲ」
「…………そう」
冗談のような口ぶりではあったが、本心が大部分なのは流石に分かる。
「その代わり、クラゲを見てる月ノ原さんの写真を撮らせてね」
「い、嫌よ。そんなものいらないでしょ?」
「いらないわけないよ。何年も経って、昔が懐かしくなった時に写真があると嬉しくない?」
「何年も一緒にいるみたいな口ぶりね」
「違うの?」
「…………っ」
揺れてる、揺れてるぞ。
月ノ原の心中では、俺と一緒にいたいという欲望と、山下から逃げられないという諦観がせめぎ合っている。いま勝つのは——
「…………一枚だけね」
山下ではなく俺の方だ。
ようやく正念場。あとは週末に全てをぶつけるだけ。
しかし、もう一つだけ終わっていないことがある。
これをクリアしなければ月ノ原を山下の呪縛から解放することはできないだろう。
ということで、高校二年生の横島樹。
男女比偏重世界という明晰夢で——彼女を作ります。
ここでまさかの彼女作り宣言。
月ノ原というターゲットがいながら、一体誰と付き合うことになるのか。
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