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【2章開始】男女比が壊れた世界に転生(夢)した俺は、チョロインを弄びながら高嶺の花を狂わせることにした  作者: 歩く魚
夢の世界と月の女神

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33/55

33.水月

「また明日————横島くん」


 彼の姿が見えなくなって初めて、自分が何を口にしたのかに気付いた。


 クラスメイトの名前を呼んだだけ。

 たとえば同性の友達だったら——私にはそんなものはいないが——当たり前のことかもしれない。


 でも、それが異性だったら?

 九重さんみたいなギャル……とレッテルを貼るのは失礼かもしれない。社会性のある子なら軽い気持ちでできるかも。


 少なくとも私はそうじゃない。


 私が初めて山下と出会ったのは、中学三年生の頃だった。

 今でも覚えている。二回り上の男の、身体の隅々まで舐め回すような視線を。


 私の母は作家だ。

 小説だけでなく、絵本なんかも手がけることがある。

 本が好きになったのは間違いなく母の影響だし、母の書いた作品も好きだ。


 ただ、一日中部屋に篭ることが日常の母と面と向かって会話ができる機会は少なく、寂しくないかと問われれば、私は首を縦に振ることはできない。母の前以外では。


 ある時、母が一人の男性を家に連れてきた。山下だ。

 なんでも彼は、私が抜きん出た容姿を持つ存在だと聞きつけてコンタクトを取ってきたらしい。


 そして、将来的に私のことを妻にしたいと。

 山下は外面だけは良いし、男性ということもあって母はすぐに了承した。

 

 私としても、母は働き詰めで腰を悪くしていたし、いつまでも執筆で食べていくのは難しいだろうから、悪い話ではないと思った。


 だんだんと山下の態度が横暴になっていった。

 私との会話は一方的すぎて楽しめないし、それが態度に出てしまうと不機嫌になる。


 彼の言葉には頻繁に「ミラのため」という言葉が出てくるが、善意のような歪な物を押し付けているようにしか感じない。


 失望というのが近い。私は失望した。現実に。男に。

 小説に出てくる男性は、現実とは全く違ったのだ。


 この人と、これから一生共に過ごさなければならないのかという不安。

 母の生活が楽になるなら受け入れるべきという葛藤。


 こんな気持ちを誰に共有できるのだろう。

 本の話をできる友達すらいないのに。孤独だ。


 ・


 高校二年生になって、私は山下以外の男を見た。


「——横島樹です。これまで女性と関わったことがないので変なことを言ってしまうかもしれませんが、仲良くしてくれると嬉しいです」


 興味はなかったが、クラスメイトがあまりにも持て囃すものだから、気になって見てみた。

 驚いた。山下とは全然違う。先天的な容姿は整っているし、髪や制服の乱れにまでしっかり気を遣っている。


 驚いたが、あくまで驚いただけだ。

 みんなは知らないだろうが、男というのは数が少ないだけでつまらない生き物だと私は知っている。


 名前はなんだったか忘れたが、彼の本性がバレて興味を失われるのも時間の問題だろう。


 ・


「顔の脂を抑えることもせず、だらしない身体に丈の合わない服を着て、どこで勝てると思ったんですか?」

「…………最低」


 私は彼——横島樹にそう言って、山下の後を追う。

 心の中ではとっくに理解してしまっていた。


 最低なのは彼ではなく——私の人生だと。


 世界のほとんどが男で、私が数少ない女だったとして、果たして同じように堂々と振る舞えるだろうか。

 

 まだ学生で、最近外に出たばかりだろうに。

 自分よりも二回り年上で、権力を振りかざそうとする相手に毅然と立ち向かえるだろうか。


 少し気持ちが良かった。

 私が今まで言いたかった言葉を、彼が代わりに言ってくれた気がして。


 少し悲しくなった。

 私は御厨さんのように愛想も良くないし、積極性もない。

 星が浮かんでいると知らなければ、夜空を見上げることもなかったのに。


 ・


 横島くんとの会話は、山下の何百倍も盛り上がった。


 彼は本が好きだと言ったが、最初は嘘だと思った。

 あまり良いものだとは思わないが、自分の見た目が褒められるものであることは経験から理解している。

 

 きっと、彼もその口だろう。

 実際に容姿について触れていたし。


 しかし、本に対する熱意は本物だった。

 母親からしか聞いたことのないタイトルや言葉がスラスラと出てきて怖いくらいだ。

 二週目の人生かと思うような考察を聞かせてくれることもあった。


 言葉を交わすたびに、胸の内で何かが満たされていくのを感じる。

 素直になれない私という人間を鬱陶しく思わず、受け入れてくれる優しい瞳。つい顔を背けてしまう。


 ちゃんと分かっている。

 自分がしていることは山下への裏切りだと。

 夢を見た分、現実に引き戻されたら辛いのは理解している。


 それでも熱い。横島くんにオススメされた本を手に取るたび、どうしようもなく身体が熱くなる。

 聞こえていなかっとしても、彼を呼ぶことができたのだ。


 次に会う約束もしてしまった。

 許されることじゃないのに。


 山下から逃げることなんてできない。

 彼に切り捨てられたら母の生活はどうなる?

 逃げるという選択肢は最初からない。


 他の道だって無い。重婚ができるとしても、人にはキャパというものがある。

 きっと、横島くんは全員を大切にするだろう。だけど限界があるのだ。


 限られた人数の中に私が入れるはずがない。

 彼の周りを見てみればわかる。


 吉崎さんは努力家で身体を使うことなら誰にも負けない。

 

 御厨さんには権力があるだけじゃなく華もある。言葉遣いだって綺麗だし、どこに出しても恥ずかしくない人だ。


 九重さんは単純に綺麗だ。人を惹きつける魅力がある。


 それに比べて月ノ原ミラには何もない。

 父——の遺伝子——から貰った銀の髪は美しいかもしれないが、人の目を見て話すことだってできないし、可愛げもない。

 

 横島くんと二人でいても、つい冷たい態度をとってしまう。

 そんな女を選ぶはずがない。


 だから、夢は美しいままで終わらせよう。

 

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