31.東京駅っていいよね
教室に戻ると、帰りのホームルームの最中だった。
クラスメイトたちが、英雄の凱旋かのように喜んでくれる。
「横島くんが無事で良かった! みんな勉強が手につかなかったよ!」
「あらあら、みなさん授業はしっかり聞かなければいけませんよ?」
「そんなこと言って、御厨さんが一番動揺してたじゃん。後ろから机がガタガタする音聞こえまくりだったよ?」
「な、何を言ってるんですか千翼さん! 私は震えてなどいません!」
たかが保健室行きくらいで大袈裟な、と思いたかったが、貴重なものの安否を気にするのは当然か。
モナ・リザに傷が付いたりすれば、大抵の人は心配に思うだろう。
席につき、何気なく月ノ原の方を見てみると、彼女と目があった。
「…………」
すぐに顔を背けられてしまう。
だが、きっと俺のことが心配だったのだろう。
微塵でもその気持ちが生まれたことに胸が躍る。
放課後になり、俺は前回と同じ方法で学校を出た。
一本裏の通りを歩く月ノ原を見つけて近付く。
「や、心配かけたね」
「心配なんてしてないわよ……来なかったら、そのまま帰っていたから」
口ではそう言っているが、彼女の目は以前のような鋭さを帯びていない。
「本屋さんだけど、どこが良いとかある? 僕は東京駅の近くにある角善が好きかな」
これは現実世界での話だ。
夢の中では一度も行ったことがないが、ネットで調べたら同じように存在していた。
「私は……そうね、新宿の蓑虫屋かしら。ちょっと変なところにあるけど」
「なら今日は角善にしない? 四階までびっしり本が売ってるんだ」
月ノ原が頷く。
彼女の目がキラリと光ったのを俺は見逃さなかった。
駅に着いた俺たちは、比較的生徒の少ない号車を選んで乗ったが、言葉を交わすことはなかった。
距離感も微妙に遠く、一緒にいると言われればそう見えるが、言われなければ他人同士かと思うような間だ。
しかし、他の乗客が俺の横を位置取ろうとした時には睨んでくれたり、仄かな優しさも伝わってくる。
仮にも許嫁がいる身ではあるし、生徒たちに良からぬ噂を立てられるのは面倒だと判断しているのだろう。
では、山下という邪魔者を排除した後は?
月ノ原の心を自分のものにした後はどうなる?
想像するだけでニヤけてしまう。
東京駅の景色も、やはり現実世界と全く変わらなかった。
赤煉瓦の壁が陽射しを受けて明るく乾き、丸の内口の広場には、観光客の声やキャリーバッグの軽い音が広がっている。
駅舎の前で写真を撮る人、待ち合わせの相手を探して首を伸ばす人、迷いなく改札へ向かう会社員。
違いがあるとすれば、ウェディングフォトを撮る人々がいないことくらいか。
「電車で調べたけど、角善って地下からも行けるのね」
「そうだね。かなり分かりにくい道を通らなきゃいけないんだけど、一応行けるよ。ただ、僕は地上からが好きかな」
土地を有効利用できているようには見えない東京駅周辺だが、開放感に羽を伸ばせるという点では東京でも随一だ。
それを見ずに地下移動をするなんて、毎日のように通っている人間であっても勿体無いと思ってしまう。俺たちはゆっくり歩き出す。
「普段、デートではどこに行くの?」
「どこへも行かないわよ。ただ、彼の行きたいところがあれば着いていくだけ。私の行きたいところなんて、興味ないから」
「一番思い出に残ってるところは?」
問いかけると、月ノ原は意地悪そうに口の端を吊り上げる。
「強いて言えば、この前のディナー。あれを超える衝撃はなかなか無いんじゃないかしら?」
「はは、手厳しいなぁ」
受け流されたようになっているが、本当は思い出なんてないのだ。
山下にとっての月ノ原はトロフィーというか、人間としての機能は求められていない。
だから知ろうという気にならない。
あまりにも不憫だ。
「あなたこそ、どうしてそんなことを聞くの? 他の子を誑かすための情報収集?」
「月ノ原さんをだよ。次のデートの参考にしようと思って」
「一回出かけたからって彼氏面しないでほしいわね」
「彼氏面のハードルが低くて可愛いね。でも、考えておいてほしいな。今日が楽しかったらね」
俺からの予想外の反撃に一瞬だしろいだ月ノ原だったが、すぐにいつもの様子に戻る。
そうこうしているうちに、俺たちは角善に辿り着いた。
入り口は狭く、雰囲気だけなら中くらいの大きさの本屋。
だが、実際には背の高い本棚が所狭しと並べられており、これが四階まで規則正しく続いているだけでなく、上階はフロアが広い。
「一階は……私たちの目的とは違うような」
「そうだね。検定とかビジネス書がほとんどだから上に行こうか」
俺たちは入り口すぐのエスカレーターに乗る。
二階は雑誌や漫画、三階は幅広い参考書に小説、四階はイベント系だ。時間を使うのは三階、または二階だろう。




