30.策士乳に溺れる
この世界の……というより神の塩梅は謎である。
吉崎や御厨のように属性に近しい人物が出てくることもあれば、九重や京都メスガキのように新たな地平を目指そうとしてくることもある。
今、俺の目の前にいる女性はどうか。
属性は「保健室の先生」である。
おっとりとした顔立ちに胸下まで伸ばされた茶髪。
うん、柔和な雰囲気が出ていてイメージ通りだ。
視線を徐々に下に落としてみよう。
一般的な女性に比べたら、少しばかり肩幅は広めかもしれない。
その理由はすぐに理解できるようになる。
ビックリするくらい胸が大きいのだ。
服の上から分かるとかのレベルじゃない。
——空間が歪んでいるのかと錯覚してしまう。
女性の自撮り写真で背景が歪んでいる事があると思うが、それが現実で起きているのかと思ってしまう程なのだ。
俺の叔母である理子さんに勝るとも劣らない——もしかすると超えているのかもしれない。
そんな爆弾を二つも所持しているのだから、彼女の肩という国は、それなりの防衛力を発揮しなければならない。
そして、それほどの兵器を隠し——通せてはいないが——ているにも関わらず、腰のあたりはキュッとしまっている。しまっているが、痩せすぎているわけでもない。
彼女の属性を語る上で欠かせないのが声だ。
保健室の先生とは、物理的でも精神的でも傷を負った生徒を癒す役割を担っている。癒し系でなければならない。
実物はどうだろうか。
抑揚があるわけではないが、平坦ではない。
山の山頂付近を行き来するかのような緩やかさで、彼女が教室に立つタイプの教師だったなら、授業中は快眠時間となるだろう。
採点の時間だ。もったいつけるまでもなく、彼女は満点。
保健室の先生。化身である。
「初めまして、二年の横島樹と言います」
ここでようやく俺は声を発した。言いながら丸椅子に座る。
正確には、彼女が応答してから俺が返答するまで二秒とかかっていないので「ようやく」ではないが、横島樹の脳内で繰り広げられた壮大な採点を加味すると「ようやく」なのだ。
「横島くんは……男の子なのねぇ〜。私は園田光です、よろしくねぇ」
園田光。囲いの中に果樹があるというのは、そこに差し込む柔らかな光というのはまさしく彼女のことじゃないか。名前まで完璧と言える。
「それで……どうしたのかしら?」
「ちょっと体調が悪くなってしまって、良ければ休ませてもらいたいなと……」
俺は頼りなさげな表情を作る。
テンプレをなぞるのであれば、彼女は母性が強いはず。
弱っていそうな生徒を、それも男子ともなれば見過ごせるはずがない。
俺の魂は、すでに彼女と特別な授業をする気になっている。
「それは心配ねぇ……すぐベッドに横になるの。一人で立てるかしら」
「はい、大丈夫で——あっ」
立ちあがろうとした俺は体勢を崩し——たフリをして——座っている園田の方へ倒れ込む。
元から体重をかけていないとはいえ、園田は優しく俺を抱き止めてくれた。
「よ、横島くん? 平気かしらぁ?」
「ごめんなさい、クラっときてしまって……」
彼女の身体が発する途方もない色気に当てられてしまったのは本当だが、体調自体には何も問題はない。
俺は園田の手を借りて、室内の一番端にあるベッドに案内してもらう。
「えっと……何か欲しいものはあるかしら? それとも、一人でゆっくりしたい?」
「……もし良ければ、話し相手になってくれると嬉しいです。一人だと心細くて……」
何が心細いのか聞かれても困る。完全な嘘なのだから。
それでも、彼女は俺を気に掛けずにはいられない。
「じゃあ、先生とお話ししましょうねぇ」
園田はそう言って、俺のベッドの脇に椅子を持ってきて座った。
俺を受け止めた時の身体の反応で理解したが、彼女は男に慣れていないし、耐性もない。
そして、俺を男として意識している。勝利は揺るがない。
「それにしてもぉ、男の子がここに来るなんて初めてよ。在校生自体が初めてじゃないかしらぁ?」
「そうらしいですね。みんなに驚かれるんですけど、しっかり勉強して、大学に行きたいんです」
伝えると、園田は驚きに口を開けた。
「真面目なのねぇ、横島くんは」
「そういうんじゃないですよ。ただ、色々なことを楽しむためには教養が必要だと思うんです」
感心しているのが手に取るようにわかる。
一度使えたフレーズは繰り返し使っていくべきだ。
どんな場面でも一定の効果があるし、自分に馴染めば無意識に繰り出す事ができる。
「すごいわねぇ、ご両親がしっかりした方なんでしょうねぇ」
ここだ。千載一遇のチャンス。
俺は自分の演技力を総動員し、できるだけ寂しそうな笑みを浮かべる。
「多分、そうだと思います」
「横島くん……?」
「実は僕、両親を亡くしているんです。ずっと叔母に育てられていて」
園田は自らの胸の前で両手を握る。
「そう……だったのね。ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって……」
「いや、大丈夫です。両親がいなくても、何不自由なく暮らせるように遺してくれたものばかりですから。ただ——」
俺は園田の目を真っ直ぐに見つめる。
「……たまに誰かに、甘えたくなります……」
たとえばの話。俺の耳が音を拾う事ができなかったとしても、この言葉が彼女の心臓に刺さった音は聞こえていたはず。
園田の呼吸は少しだけ赤くなり、頬の血色が良くなっていく。
「せ……先生でよければ、甘えて……いいのよ?」
躊躇いがちな言葉に、俺は内心でガッツポーズを決める。
そして、ベッドの真ん中から端に移動し、上目遣いで彼女を見つめ——
「じゃあ……添い寝して、ほしいです……」
初めこそ驚いた様子の園田だったが、すぐに「わかったわ」と受け入れると、身をよじらせて白衣を脱ぎ、そっと、ベッドに乗った。
二人が一枚のブランケットに覆われると、俺は彼女との空白を無くそうとする。
「あっ」
園田が小さく漏らす。
「あのっ……先生、こういう経験がないから……」
俺は何も言わず、ただ笑みを浮かべてから、彼女の身体に腕を回した。
——園田に包み込まれていた。
豊満な肉の柔らかさ。人肌の温かみが、さらに俺の身体を飲み込んでいくように感じる。
腕を回しているのは俺で、優位に立っているのも俺だ。
それは間違いない。
しかし、俺を捕まえようとしているかのように沈み込むそれは、視覚的な情報を塗りつぶしていた。
気を抜けば眠ってしまいそうな落ち着き。
俺の顔を包む二つの枕は、カバーの上からだと思えないほどダイレクトに感触を伝えてくる。
腕だけでなく、片足でも園田を囲い込む。
二人の身体の接触面が増えていく。
園田はところどころで甘い声を漏らしながらも、自らの意思で俺の頭を包み込んだ。
彼女のうるさいぐらいの心音が、逆に規則的で心地よい。
そうして、俺は彼女の身体を感じたまま——
・
「…………んん」
目を開け、この世の楽園から這い出すと、眠っている園田の顔があった。
どうやら俺も眠ってしまっていたらしい。
身体を捻って時計を確認すると、もうすぐ下校時間だ。
「先生、起きてください。先生」
彼女の腰のあたりを揺らしてみるが、幸せな夢を見ているような寝言を言うだけで反応はない。
「仕方ない……」
俺はベッドから出ると、彼女にブランケットをかけてやり、音を立てないように保健室を出た。
大きく伸びると視界がクリアになる。
夢の世界では現実世界のように肩が凝ることもなく、極めて健康的な日々を過ごしている。
だが、園田との昼寝は健康を超えた先、羽でも生えたんじゃないかという軽さを与えてくれた。
(週一ぐらいで来よう)
そう決意すると、皆が俺を待つ教室へ戻ることにした。
ここからが今日の本番。月ノ原の好感度をガンガン稼ぐ時だ。
添い寝してただけなのでセーフ
それはそうと、いいタイトルだと思いませんか?
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