28.軍師の策・下校の章
昼休みが終わり、そのまま記念すべき二日目の授業をクリアした俺は即帰宅する——のではなく、少しばかり教室に残ることにした。
「いっくんお疲れー! 二日も連続で学校に来るなんて、疲れてない? アタシがマッサージしてあげよっか」
「そんなに疲れてないよ。今まで友達なんていなかったから、毎日が楽しくて仕方ないよ」
「ぐっ……いっくんがアタシを友達だと言ってくれるなんて……!」
謎にダメージを受けている九重。
「マッサージだなんて破廉恥ですよ綾香さん。それはそうと横島くん、有名な整体師さんを知っているのですが、この後家に来ませんか?」
「御厨さん、それ横島くんを家に連れ込みたいだけじゃなくて……?」
「もちろん違います。横島くんを両親に紹介してしまおうだなんて、決して」
「バリバリ思ってんじゃん……」
みんなの話しぶりも板についてきたというか何というか。
整体はちょっと気になるぞ。とはいえだ。
「こめん、今日はこれから用事があるんだよね」
「あらあら、そうでしたか。足はありますか?」
「やっぱり一人で行くのは危ないからねぇ。アタシに脚力があれば……」
「私が横島くんを担いでいけるくらい強くなれば解決ってこと?」
そんな運搬方法があってたまるものか、そう思いながらも黙っておく。
そろそろ出発しないとヤバそうだからな。
俺は三人に一言告げると早足で教室を出た。
・
校門を出ると最寄駅の方へ歩き始める。
「待って男子がいるんだけど!?」
「二年生にだけ見えてる幻覚じゃなかったんだ……」
「触ってみないと現実か分からないけどねぐへへへ」
本当に男が転校してきたと証明されて、むしろ初日よりも反響が大きい気がする。
このままでは目的を遂げることができないし、彼女らを撒くように人通りの少ない道を探す。
ついでに言っておけば、俺の見立てでは目的に近づく事にもなるのだ。
予想は的中した。大通りを一本裏に入ってみると、驚くほど人が減少する。
歩いている生徒は静かそうな、男が歩いていてもアクションの一つも起こせなさそうな子ばかり。
俺は彼女たちを次々と追い抜かしていく。
(ええと……そう遠くないところに——いた!」
俺は十数メートル先にいた生徒に駆け寄り、声をかける。
「待ってよ月ノ原さん!」
「……なにかしら、放課後まで」
一瞬だけ身体を固めてから振り返った月ノ原。
嫌悪や面倒臭さではなく驚きの色が出ている。
「なにって、友だちになったから一緒に帰ろうと思って」
「そこまで本気だったとはね。そもそも、どうやって私のことを見つけたのよ」
「はは、偶然だよ」
半分は本心だ。月ノ原の性格から考えて、人の声や多さに悩まされるくらいなら、別の道を通るはず。
そんな薄い考察の元、彼女が教室を出てから五分くらい経つのを見計らって出てきたのだ。
しかし、彼女が大通りも気にしないパワータイプの可能性だってあるし、そもそも山下なり家族が登下校を負担する可能性だってある。
だから偶然も半分は入っているわけだ。
月ノ原はどうにも、俺が全て見透かしているように思っているようだが。
「とりあえず、分かれるところまで一緒に行こうよ。最寄りはまだ教えてくれないでしょ?」
「あ、当たり前じゃない。他の子達と一緒にしないでほしいわね」
うんうん、ツンツン具合が実に見事だ。
口ではなんとでも言えるが、二人で帰ること自体は拒否しない。
これこそが夢の世界クオリティというやつである。
ということで、俺はぬるりと月ノ原の隣に位置取りすると、攻略に向けた糸口を探し始めることにした。
「月ノ原さんって友達いないんでしょ? 普段なにしてるの?」
「あなた……息を吸うように喧嘩を売ってきたわね」
考えようによっては煽りにも聞こえてしまうな。これは失敬。わざとだが。
「帰りにどこか寄ったりするのかなって」
「そんなの……別に普通よ。買い物に行ったり、カフェで小説を読んだり、本当に普通」
「なるほどね」
この世界には異様にカフェが多い。
現世で男がメインターゲットの店が軒並み消えて、それが全てカフェになっていると言っても過言ではない。
世界観的には自然なことではあるのだが……寂れた商店街の美容院の数じゃないんだぞと言いたい。
「最近読んだ中で面白かった小説はあった?」
聞いてみると、月ノ原は勝ち誇ったように笑った。
「あからさま過ぎるのよ」
「なにが?」
「男が小説なんて読むわけないんだから、タイトルを言ったって話が広がらない。知ったかぶる気が丸見え」
……そうなの?
ずいぶん長いこと明晰夢の中にいるが、男が文学に触れないという設定は初耳だ。
どういうことだろう。男女別のあるあるを逆にするのが男女比偏重世界のお約束だと思ったが、女性は本を読まないわけではない。
むしろ現実では、小説は女性の方が読むんじゃないかとすら思っていたが……謎設定だな。
しかし俺からすれば幸運だ。
俺はこの世界にある様々な文学に——禁欲中の暇つぶしではあったが——触れているのだから。
「僕は『ヒューマノイドはキャリーオーバーの夢を見るか?』とか『朱色の論文』とか好きだよ」
「…………ふぅん?」
月ノ原の様子が変わった。
これがアニメだったなら、彼女の頭には猫か何かの耳がピンと生えたことだろう。ざっとこんなものだ。
「僕の叔母さんが色んな小説を持ってて、暇な時に貸してもらってたんだ」
「SFにミステリに、かなり分野が広いのね」
「言われてみればそうだね。自己啓発本なんかもあったかな」
記憶に残っているのは『人をぶん殴る勇気』だ。
この世界に輸入された理由は分からなくないが、遊びすぎだろ。
内容は普通にタメになった。
この意識が普段の俺にもあるなら是非発揮してもらいたいところである。
「で、月ノ原さんのオススメは?」
「私は……」
しばし考え込んでいるようだ。
俺に好きな作品を教えたくないのではなく、単純に一冊を決めるのが難しいのだろう。
やがて、彼女はこちらに顔を向け、口を開く。
「最近だと『老婆と山』が良かったわね」
「間違いなく名作だね。少ないページ数に人生が詰まってる」
「そう、そうなのよ。特に山で熊と戦う場面なんか、涙なしには読めなかったわね。あとは——」
初めてだろう、月ノ原がポジティブな意味で俺と会話をするのは。
クールに振る舞いながらも熱心に作品語りをする姿に、初めて彼女が同い年の女の子に見えた。
あまりに魅入ってしまっていたからか、彼女は返事が来ないことを不審に思い、俺を見た。
そして、バツが悪そうに反対方向を向く。
「……分かってるわよ。女の自分語りなんて聞いてられないものね」
あぁ、彼女が山下からどんな扱いを受けているのか、改めて理解できる。俺が何を言えば良いのかも。
「誤解させたならごめんね。月ノ原さんがあんまり楽しそうに話してくれるから、見惚れてたんだ」
「…………本当に?」
「本当に。それに、周りに本の話ができる人もいなかったから感動してるんだよ。名作だとしても読んでる人は少ないから」
「そう、そうなのよね……」
俺の言葉に頷く彼女の瞳からは完全に警戒心が消えた。
理解者という確固たる立ち位置に一歩近付いたのだ。
「これからも月ノ原さんとは色んな話がしたいな。最初から気が合いそうな感じがしてたんだよね」
「人がいない時なら……まぁ、いいかもね」
「うん、帰り道なら目立たないから、また誘うよ。それで、本の話に戻るんだけど——」
そこまで言って、俺はわざとらしく制服のポケットを漁る。
「あー……机の中にスマホを置いてきちゃったみたい」
机の中にスマホを入れるやつとは、果たしてどんなやつなのか。
授業中に隠れてメッセージを返すとかなら分かるが、二日目からできるほど肝は座っていない。要は嘘なのだ。
「ごめん月ノ原さん、また明日!」
「えっ、うん……また、明日……」
俺は彼女にそう告げると、小走りで来た道を戻る。
そして、適当な場所で数分ほど時間を潰し、一人で駅へと向かった。
今回はどんな作戦か、わかるかね?
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