27.パンピラ
「昨日の夜のことだけど、僕は悪いことをしたとは思ってないよ」
頬杖をついている月ノ原の肩がピクリと震える。
「たとえ男だからって、公共の場で人の迷惑になることをするのは許されないと思う。同じ男の僕が言うなら、性別の問題じゃないでしょ?」
「だからって、アレはやり過ぎだと思わないの?」
「もしかして月ノ原さんって、あんまり人の心とか分からない?」
「…………は?」
唐突に矛先を自分に向けられれば、そりゃあイラっとも来るだろう。
「ああいうタイプは、世界が自分の味方をしていると思い込んでるんだよ。それを崩すには世界そのものに否定させる必要がある。あの場における世界はお客さんだから、みんなの意見を伝えるのが一番。許嫁の月ノ原さんなら、それくらいは分かると思ったんだけど……」
彼女は黙り込む。正確には黙らざるを得ない。
俺に反論することで、許嫁という地位が望んだものではないとバレる可能性があるからだ。
だから、こちらから踏み込む。
「どうしてあんな人の許嫁なの?」
「別に……あなたに言う必要ないでしょ。許嫁にしてもらえるだけで、家は恩恵を受けられるんだし」
彼女の言う通り、男と一定以上の関係になった一家は政府に目をかけてもらえる。
子供なんて産まれようものなら莫大な補助金が入るわけだし、そういう意味で男を狙う子もいるだろう。
「要するに、自分の気持ちを押さえつけてるわけだね。家族のためにっていうのは立派だけど、幸せの範囲から自分を抜いちゃダメだよ」
「あなたに……あんたに何が分かるわけ?」
月ノ原の言葉に明確な敵意が含まれる。
「分からないよ、僕は男だから。でも、僕なら女の子が心底軽蔑するような関係にはしない」
そう告げると、彼女は俺を嘲笑うように鼻を鳴らした。
「じゃあ、あなたは私と結婚してくれるの? 適当なことを言うのも——」
「いいよ」
「なっ……」
月ノ原が座っている椅子がガタッと音を鳴らす。
だが、表情を見るに照れているのではなく、単なる驚きのようだ。
「し、知ってるのかしら……口約束も契約に含まれてしまうって」
「知ってるよ。男は例外だけどね。でも、そもそも僕は月ノ原さんのことが気になってたんだ。すごく綺麗だと思うし、どんな物が好きだとか、色んなことが知りたい」
「…………嘘よ」
彼女は俺から目を逸らし、また頬杖をつく。
(いい流れだ……揺れてるな)
胸の話ではない。
彼女の心は今、俺という特異点によって揺さぶられている。
山下の会話は一方通行にも程があった。
女性とは元来、話を聞いてもらいたい生き物である。
今日こんなことがあったとか、自分がハマっているものはなんだとか、雑談が大好きなのだ。
しかし、山下は雑談どころか会話すらできていない。
たとえあんな見た目だとしても、月ノ原とキチンとコミュニケーションをとれていれば攻略難易度はグンと上がる。
共に過ごした思い出が情として壁になるからだ。
けれど山下には壁はない。一枚も。
「嘘なんてつかないよ。良いことないし」
「……あなたみたいな人の言葉、かえって信じられない」
そう言ってくれるか。思わぬ収穫だ。
「だったら、今日から僕と友達になってよ。お互いどんな人間か知れば信じられる、でしょ?」
「……私、友達なんてできたことがないの。だから無理」
「無理っていうのは、死んでほしいぐらい僕が嫌いってことか、友達とどんな話をすれば良いのか分からないから無理ってことか、どっち?」
「…………後者」
二択を突きつけたが、普通に考えれば二択にすらなっていない。後者を選ぶしか道はない。
そうなると、彼女は自動的に「俺と友達になる」ことは受け入れていることになる。言葉遊びみたいなものだ。
「話題は僕が提供するから大丈夫。っていうか、肩肘張らずにするのが雑談だから」
「…………好きにすれば」
「ありがとう。これからよろしくね、月ノ原さん」
彼女はその言葉を無視したが、拒否はされていない。
長かった……ライトノベルでいえば半冊ほどになりそうなイベントを消化して、俺はついに月ノ原と仲を深める権利を手に入れた。
ここからは早いぞ。
いちど恋の火が灯れば燃え上がるのは簡単——と恋愛指南本に書いてあったからな。
だが、その前に——
「よーっし一番乗りぃ! 横島くんパン買えたよー!」
教室の扉を最初に開いたのは、案の定というか吉崎だった。
その手には二つのパンが握られている。
「はいこれ、カツサンドとコロッケパン。好きな方とってね」
「ありがとう。それじゃあ……カツサンドにしようかな」
「おおっ! 食べるねぇ! あ、お金はいらないからね。はぁ……お腹空いたぁ〜」
俺にパンを渡し、吉崎が前の席に座った。
いつの間にか、月ノ原はいつもの我関せずモードに戻っている。
「購買は混んでた?」
「今日は中々だったね……その何割かはウチのクラスなんだけどさ。みんなもそろそろ戻ってくるんじゃない?」
予言通り、九重を筆頭として、運動部っぽい女子たちが戻ってくる。
「いっくんお待たせ〜! アタシの愛がこもったウインナーロールだよ!」
「はい横島くん! 私からはチョココロネ〜」
「ウチのはラスク。お金はいらないからさ、一本でも良いから食べかけを……」
ピラミッドのように積み重なっていくパン!
続けて文化部っぽい女子たちが入ってくるが、何も持っていない。
「すまない横島くん……負けてしまった……!」
「順当に負けたよねぇ」
「今日から走り込みとか始めようかな」
そこまで本気にならなくていいです。
ということで、一五分遅れの昼食タイムが始まったわけだが……あれ?
「ねぇ九重さん、御厨さんが帰ってきてなくない?」
「あ、お嬢様ならさっき……『み、みなさん早すぎます……! かくなる上は学校ごと買い取るしか……!』とか言ってたよ。どっかで伸びてるんじゃない?」
「あぁ……」
彼女はこれからもオチを担当する機会が多そうだな。
月ノ原さん、どんな人なんでしょう。
私にもわかりません。
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




