26.軍師の策・パンの章
最高難易度のイベントを乗り切った俺は、翌日曜日を対月ノ原作戦会議に費やすことにした。
そうして迎えた月曜日……俺にとって二度目の登校である。
「おはよう」
教室の扉を開いて挨拶すると、一斉に「おはよう」が返ってくる。
「横島くんおはよう〜!」
「男子から挨拶してもらえるなんて、全女子の夢だよね……!」
「他のクラスの子は味わえないってヤバくない? 暴動起きるよこれ」
挨拶ぐらいいくらでもしてやるのに。そう思いながら自分の席に着くと、既に授業の用意を終えていた御厨と吉崎がこちらへ寄ってきた。
「横島くん、学校に来るまでに危ない目に遭いませんでしたか? 朝の時間帯は満員電車というものになるんですよね?」
「あ、あぁ……まぁ、大丈夫だったよ」
確かに満員電車ではあったし、御厨が言いたいのは「痴漢されてないか」ということだろうが、心配ご無用。
ほとんどの女性は俺の発するオーラの前に近付くことをせず、体勢を崩して触れようものなら気絶してしまっていた。
「……閃きました。男性専用車両というもの作ったらどうでしょう」
「使う人が増えそうなら、お願いするよ……」
今の段階では俺専用車両になりかねない。
流石に他の人の迷惑になるだろうし、当面はこのままでいきたい。
「そ、そうだよ。横島くんは強い男の子なんだから、平気と思うけどなぁ」
吉崎は俺の味方のようだが、どうにも態度がぎこちない。
いまだに土曜日のことを引きずっているのだ。
今思えば、あれは完全に暴走状態だったし、恥ずかしがるのも無理はない。
個人的には、覚悟が決まった後にまたやってほしいものだが。密室で。
「やっほーみんな! 危うく電車逃すところだったよ」
遅れて九重が加わってくる。
危うく……というのは文字通りだったようで、制服が乱れて下着が見えかけている。
「いっくんは偉いよねぇ……本当はサボってもいいのに、こんな早く来てるなんて」
「綾香さんが怠惰すぎるんですよ。横島くんが素晴らしい方なのには賛同しますけど」
「でも、横島くんだからってわけじゃないけど、ダルい時はサボってもいいんだよ。私は練習したいから来るけどさ」
「楽しみがないと、毎日勉強なんてやってられないからねぇ。いっくんも楽しみ、見つけた方がいいよ!」
心の中の俺が「おや」と口を開く。これはチャンスだ。
俺と月ノ原の関係は、土曜のやり取りによって第二段階に突入し始めている。
ここからは時間を空けずにアプローチをかけ、少なくとも友人のような間柄にならねばならない。
まずはとっかかりを作る。自然に。
「楽しみかぁ……そういえば、食堂にはパンも売ってるんだよね? 前に漫画で読んで、一回食べてみたいと思ってたんだ」
「パンかぁ……」
吉崎が首を捻る。よし、かかった。
「購買のパンは美味しいんだけど……かなり混むんだよね。いま横島くんが行ったら、とんでもないことになるかも」
「そっかぁ……食べたかったんだけどな……」
しょんぼり、という擬音が似合うくらいに落ち込んでみせる。
「なら、私が買ってきましょうか?」
「アタシも行くー! 仲間は多い方がいいっしょ!」
「こういう時は私に任せなって。足の速さなら負けないから!」
メインメンバーになりつつある三人が挙手すると、他の女子達にも話が伝播していき、一人を除くクラス全員が協力してくれることになった。
完全に計画通りだ。あとは昼休みを待つのみ。
・
昼休みが始まると、クラスメイト達が我先にと教室を飛び出していく。
タイムセールのおばちゃんもビックリの真剣さに、頼んだ主である俺すら気圧されてしまった。
さて、静寂に包まれる教室だったが、ここに一人だけ残っている女子がいた。
——月ノ原ミラだ。
彼女をじっと見つめる。やはり退屈そうに頬杖をつくばかりで、我関せずといった感じ。
いい機会だし脚のチェックもしておくか。
月ノ原はいわゆるモデル体型というやつだろう。
系統的には九重と同じようではあるが、彼女に健康的な膨らみを感じるのに対して、月ノ原は人形のように細い。不自然なまでに膨らみがないのだ。
身体に凹凸がないわけではない。
制服のシャツは山肌を覆う雪のようになっているし、おそらく尻も平均よりデカい。
つまり彼女に半分流れている異国の血の力なのだ。
日本人とは根本的な骨格が違うため、肉のつき方も違うということ。みんな違ってみんないいな。
と、俺があまりにも凝視しているからか、月ノ原は痺れを切らして立ちあがろうとする。
「ねぇ月ノ原さん、ちょっといいかな?」
机についた腕の動きが止まる。
彼女は心底面倒な事になったと言わんばかりの表情を作り、こちらへ身体を向けた。
「…………なに? 私、今日はお弁当を作ってくるの忘れちゃったの。食堂に行きたいんだけど」
「だったら大丈夫だよ。みんながパンを買ってきてくれるから」
ほぼフルメンバーがダッシュしているのだ。
俺の学生時代の記憶からしても、五個くらいは買えるはず。
「自分が貰ったものを人に渡すなんて酷いと思わないの?」
月ノ原は吐き捨てるように言う。
反論できないくらいの正論だが、話のすり替えが俺の得意分野だ。やり合う必要はない。
「なんだか、月ノ原さんは僕のこと勘違いしてると思うんだ。僕のこと、どう思ってる?」
「外道だと思ってるわ。転入初日からクラスの子に手を出して、人の許嫁を笑いものにしたんだから」
「誤解だよ」
余裕は崩さずに弁解を試みる。
「カラオケでは九重さんの体調が悪そうだったから介抱したんだ。僕も悪かったけどね。あんまり男子と触れ合う機会がなかったから、ビックリしちゃったんだと思う。月ノ原さんには許嫁がいるんだし、僕の言ってることは分かるでしょ?」
問いかけると、彼女は俺から顔を逸らして「別に」と小さく呟いた。
聞くまでもないことではあるが、まず間違いなく月ノ原は許嫁——山下に好意を抱いていない。
信じているとかいないとかは気にしない。
とりあえずカラオケの件の誤魔化しは済んだし、次にいこう。
孔明もビックリの策略だぜ!
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