24.初・男
俺の直感が正しかったというのは、御厨の表情を見れば分かった。
彼女はレストランの入り口を確認できる位置に座っているからだ。
だが、彼女のそれは「希少な男性に向けられるもの」ではないようにも感じられる。
「あぁ、今日もご苦労。できるだけ早く持ってきて。予約する時に僕が来るのは分かってるんだし、用意してるよね?」
受付と話すにしては大きな声だ。自分という存在をこの場に知らしめるのが目的か。
声の質は明らかに男だった。低く、立場の優位を再確認させる声色。
俺から言わせれば下卑た性根が丸分かりのドブ声である。
振り返りたい衝動に駆られる。
夢の世界で初めて対面する男のレベルがどれほど低いものか、今すぐにでも確認したかった。
しかし、聴覚のみでも理解できる。
こういうタイプは、自分より格上の相手を見つけると突っかかってくる。貶めようとしてくる。
世界の主人である俺が負ける要素は皆無なものの、今日は御厨との楽しいディナーがメイン。無駄な争いをする回じゃないのだ。
どんな会話をしているのか聞くくらいに留めておくことにした。
「ここに来るのは二回目……三回目だっけ?」
「山下様がいらっしゃるのは三度目になります」
「ふぅーん……君は前回、なにを食べたんだっけ」
「私は——」
「まぁいいや。僕と同じやつでいいよね」
山下、というのが男の苗字か。
回数について彼に告げたのはスタッフだろう。ここに来てから何度か聞いた声だ。
そして山下は一人で来たわけではなく、俺と同じくデートなようだ。
もっとも、相手に形式的に質問をするだけの典型的なモラハラ男なようだが。
男の声が止まったのは、俺から数メートルも離れていない場所だ。
会話を聞き取るには十分だし、アイツの声の大きさからいって、もう少し遠くても大丈夫だったな。
「今日も大変だったよぉ。二時に起きてから、さっきまでずっとボウリングをしてたんだ」
遊んでるだけじゃねぇか。
「明日はママと一緒にショッピングだし、男は多忙で困っちゃうよホント。あ、そういえば先週オススメしたアニメは観てくれた? 主人公が男の作品ってだけで珍しいのに、山から降りたオッサンが最強っていうのがたまんないね。僕のこと描いてるみたいじゃん」
つ、つまんねぇ……会話のどこを切り取っても退屈すぎる。
俺のライバルはこんなヤツなのか?
ある種の恐怖に震える俺を気付くこともなく、山下は喋り続ける。
「僕ってさぁ、何してもモテちゃうわけ。スター性っていうのかな。映画に出てる女優とかも、僕と比べると見劣りしちゃうよね。君はどう思う?」
「…………そうだと思います」
女性の声は汚れを知らない透き通った川のようだったが、冷たかった。男に対する尊敬や愛を感じない。
「はは、君に言われなくても分かってるよ。もしかしてちょっと不機嫌? そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君が高校を卒業するまでは他の奥さんは作らないから」
高校を卒業するまで……?
声からして、山下は三十は過ぎているだろう。
その相手が現役の高校生だなんて、とんだシャバ僧である。
いくら男の価値が高いからといって、女性の方は微塵も惹かれていないようだし、もしかして許嫁とかそういうやつか?
背筋に冷たいものがはしる。
「奥さんといえば、君はいつになったら僕に身体を許してくれるのかな?」
「それは……卒業するまでは……」
「卒業するまでねぇ……」
トントンと苛立たしげにテーブルを叩く音。
「今どき珍しいと思うよ、僕みたいな紳士はさ。普通の男なら、君みたいな子は怖くて対面もしないか、すぐに襲われちゃうんだから。それは感謝するべきで——あぁ、出てくるのが遅いよ」
俺と同じ生ハムメロンかは分からないが、山下の元にも料理が運ばれてきたようだ。
スタッフが「申し訳ございません」と謝罪するが、彼は腹を立てている様子。
「謝れば済む問題じゃなくてさぁ……僕は男だよ? 男! 君たちみたいな平民は、本来なら僕と言葉を交わすこともできないんだって自覚はあるの?」
男の声はどんどん大きくなる。
他のテーブルに座る女性たちは怯えながら山下の方を見て、続けて俺を見た。一緒にされちゃ困る。
「それにさぁ僕のママは議員なんだぞ! その気になればこんな店、簡単に潰せるんだよ!」
本当に議員だとして、果たしてママにそこまでの力があるのかは怪しいところだが、この世界で女性は謝ることしかできない。
聞いているこちらが心配になるほど何度も謝罪をし、なるべく急いで料理を持ってくると約束して下がる。
「チッ……次からこの店はナシだな」
店側もその方がいいだろう。
山下のせいで気分が悪くなってきたし、早いところ食事を終わらせたい。
彼らの一方的なキャッチボールを聞いている間にも、俺たちの料理は進み、ついにデザートへと差し掛かっている。
このままスイーツで別腹まで満たして、波風立てずに退店する。
それがいい……そのはずだった。
次の山下の言葉が、俺を否応なく戦いの場へと引き摺り込んだのだ。
「話に戻ろうか。あのね、君はもっと僕から愛されてる自覚を持った方がいいよ。聞いてるのかい——ミラ」
跳ねるように振り返る。
「————ッッ!」
御厨とは対照的な銀髪。その持ち主である月ノ原ミラが、俺を視界にとらえて顔を歪めた。
この男をシバけと本能が告げている
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