22.濡れてしまいますから
時刻は夜の七時。
金持ちが晩飯を食う場所といえば六本木という認識で、実際には俺の知らないセレブ御用達の場があるのだろうが、御厨との待ち合わせは六本木だった。
改札を出て地上に上がると、広くない道路を挟んで縦長の建物が窮屈そうに並んでいるのが見える。
京都の街並みに下品さとラメを振りかけたらこんな感じだろうな、なんて思いつつキョロキョロしていたが、なんだかんだ人の質は違うらしい。気付いたことがある。
まずは視線が控えめなこと。
渋谷と比べても同程度の注目を浴びているものの、彼女たちは優雅というか、ガン見しようとはしない。
……まぁ、注視しないぶん見る回数は増えているんだが。
次に——これは意味が違う気もするが——黒いスーツを身に纏った女性が等間隔に配置されていること。
いかにもお堅そうなオーラを放っている。
彼女たちが六本木の治安を守ってくれるなら俺も安心だ……と、その時。黒服の一人が俺に近づいて来た。
「突然のお声がけ、お許しください。私は御厨美桜様の使いの者で、鴨川と申します。横島樹様でお間違いありませんでしょうか」
「あ、そうですけど……」
そう告げると、彼女はこちらに恭しく一礼をし、他の黒服たちも集まってくる。
「美桜様より、合流地点までのエスコートを仰せつかっておりますので、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、同行していただければ思います」
めちゃくちゃ大掛かりだな。戸惑いつつ「お願いします」と言うと、鴨川は俺の隣に立ち、五人ほどの黒服がSPのように俺を取り囲んだ。
(こっちの方が狙われそうじゃないか……?)
どうぞ見てくださいと言っているようなものだ。
黒服の隙間から外を見ると、カメラを向けている人がいた。
ほら見ろ言わんこっちゃない。
心中で呟くや否や、どこからともなく現れた新たな黒服が女性の元へ向かい、おそらく写真を消させている。抜かりないな。
「そういえば——」
鴨川が冷静でよく通る声で言う。
「本日はご自宅から直接来られたのですか?」
「いえ、さっきまで予定があって、朝から出歩いていました」
「そうですが……でしたら、そちらからエスコートさせていただくべきでしたね。気が回らず、申し訳ありませんでした」
声色からして、本当に心を痛めているようだった。
鴨川は黒髪ロングに気の強そうな顔をしていて、量産型黒服といった印象を持っていたが、中身はしっかり人間らしい。
いや、よくよく見てみると、かなり豊かな胸部をしている。
盛り上がるまで鎖帷子を詰めているわけでもないだろうし、彼女は立派なネームドキャラクターだ。
いつの日か、御厨と鴨川と三人で楽しむ機会があるかもしれない。
今のうちに好感度を上げておこう。
「そこまでご迷惑をかけるわけにはいきませんよ。僕、少しは護身術を学んでいますし」
「ですが……横島様が男性の中でも稀有な存在だというのは、私たちであっても一目で理解できました。そんな方にもしもの事があれば……」
ここだ。俺はエンジェルスマイルを浮かべながら、ふいに鴨川の手を取る。
「ありがとうございます。そんなに考えてくれるなんて、鴨川さん……優しいんですね」
「……あっ…………そ、その…………わ、私のような使用人に、軽々しく触れては、いけません……」
そう言って、俺の手を割れ物のように包み込んで返品する鴨川。
彼女は言葉を詰まらせはしたものの、その表情は至って冷静……に見えるが、よく観察すると耳は真冬の風を浴びたように真っ赤だし、顔の筋肉が緩んでいる。女の顔だ。
「鴨川さんみたいな頼りになる人に守られて、御厨さんは幸せでしょうね」
「……ありがとう、ございます」
読める、読めるぞ。彼女はいま「何この子可愛過ぎるんですけど!? 私が一生守ってあげたい……」なんて考えている事だろう。
俺も罪作りだ。ただ男だというだけで、彼女は今まで自分が築いてきたキャリアを全て投げ捨て、横島樹専用のボディガードになりかけてしまっているのだから。
くだらない事を考えている時間は五分にも満たなかっただろう。
黒服ペンタゴンから解放された俺の視界に飛び込んできたのは、何階まであるのか分からない程に高い商業ビルだった。
「横島く〜ん!」
商業施設のくせに無駄に格式高い入り口から手を振っているのは御厨だ。スリットの入った黒いワンピースを着ている。
てっきり白い服で清楚さをアピールしてくるものだと思っていたが、オトナの雰囲気も似合うじゃないか。
人工的に作られた六本木の明るさとは違い、彼女の金髪は柔らかく主張している。
その色を映させるなら、白より黒の方が適しているということか。
「ここまで何も危ないことはありませんでしたか? 私も行こうとしたのですが、どうしても皆んなに反対されてしまって……」
到着が待ちきれないと言わんばかりに御厨はこちらに駆け寄ると、手と手が触れる直前で動きを止めた。
「鴨川さんたちがガッチリ守ってくれたからね。こんな人たちがいるなんて、御厨さんのお家は凄いんだね」
「そんなそんな、大したことありませんよ。……ですが、横島くんに褒められると、その……」
はにかむ御厨。言われ慣れている言葉であっても、男から告げられると新鮮なわけだ。
「本当に大したことはないんですよ? せいぜい長者番付に載るくらいですし……」
あ、レベルの違うお嬢様だった。
いくら夢の世界とはいえ、やりすぎだろ。
「まぁ、こんな話をしても横島くんは退屈でしょうし、少し早いですが店に向かいましょうか」
個人的には、是非ともお父様の経営哲学を聞きたいところだったが、ひとまず置いておいて。
俺は形式的な質問をぶつけることにした。
「あ……そういえば御厨さん。聞き忘れちゃったんだけど、今日はいくらくらいあれば大丈夫かな? あんまり外食とかした事がなくて、その辺り疎いんだ」
もちろん払う気なんてないぞ。
だが、払う意思があると伝えるのは必要なのだ。
素振りを見せてくれるだけで、グッと払う気が増す。
事実、御厨はニッコニコで手をヒラヒラさせている。
「まぁまぁ! 横島くんは本当に礼儀正しい方なんですね! ねえぇ皆さん?」
「美桜様に相応しいお方……いえ、この表現は正しくないですね。お二方とも素晴らしいと思います」
鴨川がそう言うと、周りの黒服たちもうんうんと頷く。
当たり前のことをするだけで評価あがりすぎだろ。
「今日は……いえ、これから一生、横島くんはお財布を出す必要はありません。あっ、でもお洗濯の時は出さないといけませんよ? 濡れてしまいますから」
精一杯のお嬢様ジョークが可愛いという気持ちと、「草」とか言い出さなくて良かったという気持ちが混ざり合っている。
何はともあれ、これで奢りの言質は取れたわけだし、俺は御厨に促されるままにエレベーターに乗り込むと、黒服が押した「52F」というパネルに目を見開いた。
ファンの方の中にお嬢様はいませんか?
ぜひ仲良くしてください。
評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!
作品作りにご協力いただけると幸いです!




