21.挟むって何を!?
横島樹と吉崎千翼は、それぞれがギリギリの状態だった。
地面が見えないほど高い二つの山を繋ぐ、細長い吊り橋を渡るような感覚。
少しでも強い風が吹けばたちまち底まで落ちてしまいそうな中で、千翼は動いた。
二人は展望台先の広場をさらに進み、雑木林が立ち並ぶエリアを視界に入れる。
「広場を少し逸れると一気に人がいなくなるんだよね」
「こっちの方が開放感があるね」
木々の感覚は広く、日差しを隠すため薄暗い。
そのぶん空気は澄んでいるように感じられて、樹は深呼吸した。というより、せざるを得なかった。
彼は千翼が意図的に脚を触れさせてきたとは察していない。
ただの偶然。その偶然に優位性が崩されかけていた。
この世界に来てから続いていた、異性を弄ぶという絶対的な自信が。
しかし、その原因は樹自身にあった。
千翼の脚に向ける熱のこもった視線が、彼女に女の戦い方を身につけさせることになる。
「ねぇ、横島くん」
先を歩いていた千翼は立ち止まり、意地悪そうな笑みを浮かべなら振り返った。
雑木林の中、雰囲気のせいか彼女の纏う空気も冷たく感じる。
「ずっと私の脚見てたこと……気付いてるんだよ?」
心臓がどくんと跳ねる。
樹がハッとして顔を上げた時には既に遅かった。
千翼は樹の腕を掴むと、その身体を木の幹に、閉じ込めるようにして押し付けた。色情は男女比のハンデを覆した。
「よ、吉崎さん……?」
初めて、演技ではなく樹の仮面に亀裂が走る。
九重でも成すことのできなかった偉業を遂げた千翼はそれを知らなかったが、男の焦りように嗜虐心を煽られる。
そして——これはこちらの世界に関係のないことだったが——雑木林エリアは前世でも有名な青姦スポットだった。
男の希少な世界では行為に使われることは少ないが、人通りが少ないのは同じ。周囲には人の気配はない。
「こんな脚が良かったの? 横島くんって意外と……変態なんだね」
言葉責めは、今はまだ千翼のスキルではなかった。
少しばかり刺激が強めの漫画で学んだ台詞に過ぎない。
しかし樹にはクリティカルヒットしていた。
彼の意思に反して顔が赤く染まり、目が泳ぐ。
「い、いつから……?」
「昨日から。すっ……ごく下心に塗れた目で見てたよね」
千翼の頬に汗が伝うのを、樹は横目で見る。
「ねぇ教えてよ。私の脚でどんなこと考えてたの?」
「それは……」
「教えてくれないんだったら、クラスのみんなにバラしちゃうかも。横島くんが変態だって」
耳元で囁かれ、樹はごくりと喉を鳴らす。
脅しにもなっていなかった。この世界では女性よりも男性が優先される。
もし千翼が暴露してたとしても、樹がひとこと否定すれば、どちらが正義かは明白だった。
だというのに、樹はまだ前世を現世だと思い込んでいた。
その意識の違いが彼に口を開かせる。
「は、挟まれ、たり……」
「は、はさっ……」
ほんの一瞬だけ、相手に悟られないほど短い時間、千翼は目を見開いた。
(——挟むってなにを!? 男の子で挟むって言ったら一つしか……い、いやいやいや、さすがに頭ピンク過ぎるよ私! でも、だったら何を挟むの? か、顔、とか……? 無理無理無理! 心臓止まっちゃう……!)
迷いに迷って答えは出なかった。
だからと言って、ここまでやって引き下がるわけにはいかない。女の名が廃るというものだ。突っ込むしかない。
「じゃあほら……好きに触っていいんだよ?」
千翼は掴んでいた樹の手首を放し、片方を自らの太ももの辺りに誘導した。
最終的に彼女は、挟む対象を手に設定していた。
「触らないの?」
樹は答えることができなかった。
開いたままの口から生ぬるい吐息が漏れる。
「じゃあ、私が触らせてあげる。ダメだよ。その気にさせたのは横島くんなんだから……責任とってね」
千翼は無理やり樹の手を掴み、手のひらを腿に触れさせる。
直後、彼の身体が石のように固まった。
カラオケで樹が考えていたことは当たっていた。
産毛すら生えていない彼女の皮膚はサラサラと滑らかで、いくらでも触っていられそうな心地良さ。ほのかに伝わってくる体温が落ち着きを与えてくる。
「……んっ…………」
樹が徐々に、自分の意思で手を動かし始めると、千翼は声を漏らし始めた。
男性の前ではしたないと思いつつも、その事実に興奮している自分もいる。
「ほ、ほらっ……挟んで、ほしいんでしょ?」
内腿に触れる手のひらを、千翼は優しく圧迫した。
よく鍛えられた柔らかい肉が包み込み、形を変えて指の間に入り込む。
もっと、痛いぐらいに締め付けることもできるだろうと容易に想像ができる。
樹も、いつの間にか止まることができなくなっていた。
挟まれている手を上下に、左右に動かしながら、もう片方の手で外腿を撫でる。
「あっ……ん、んんっ……」
キスこそしないが、二人の距離は互いの吐息が掛かるほどに近く、心という名の欲望は重なり合っていた。
樹の手は止まらず、時折かする彼の男の部分を意識して、千翼の声が少しだけ大きくなる。
この後はどうするのか、経験のない女子にも分かっていた。
走ってきたけど汗をかかなくて良かったとか、脱ぎやすいショートパンツで良かったなんていう考えすら浮かんでいた。
そして、千尋は樹の興奮を削がないように、ショートパンツに手を——
「————でさぁ、その時に————」
二人の動きがピタリと止まる。
風船が急速に萎んでいくように、本能と理性が比率を交換する。
「ひゃ……!」
自らのキャラに似合わない行動にパニックを起こしそうになった千翼。彼女が声を出して通行人に存在を知られないよう、樹は彼女の口を手で塞いだ。
千翼は目尻に涙を溜めている。
十数秒経ち、ようやく声が遠ざかると樹は手を離した。
二人の間に流れる、何とも言えない空気。
「えっと……ごめんね吉崎さん。ちょっと、我を忘れちゃって……」
「あ、いや……あの、わ、たし、が……わるくて……」
魔法は解けてしまった。
千翼は我に返るどころか、しでかしたことの大きさに精神的にはマイナスだった。
振れ幅が大きすぎる。
昨日一昨日で初めて男子と触れ合った千翼に耐えられるものではなく、彼女は——
「——ご、ごごごごごごめんなさいっ!」
夕日を反射しているのかと思うほどに焼けた肌を赤くし、地表に露出した木の根を器用に避けながら、凄まじい勢いで去っていった。
「た、助かった……のか……?」
樹は力を無くしたように、ズルズルと腰を下ろす。
このままいけば、間違いなく一線を超えてしまっていた。
千翼は初体験候補だとはいえペースが早過ぎる。
そういう意味では救われたのだ。
運動部の脚力は伊達じゃない。
追いかけようにも千翼の姿は影も形もなくなっていた。
「夕方まで……ここで休むか……」
美桜との待ち合わせ場所に向かう時間を踏まえても、まだ一時間は暇がある。
女子じゃないが心を落ち着かせる時間が必要だ。
しばらく彼の鼓動というモノは脈打ったままだった。
脚を触っているだけなのでセーフです。分かりますね?
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