20.吉崎千翼と新しい扉
横島くんは多分——私の脚が気になっている。
こんなことを実際に言おうものなら、きっと皆んなに笑われるだろう。
そもそも運動ばっかりしてて色気なんて皆無だし、筋肉のせいで下半身は太って見える。
綾香や御厨さんみたいにスリムな子とは並びたくない。
横島くんからの視線を最初に感じたのは……学食に行った時かな?
彼は私の髪を何度か眺めていて、その後、視線は決まって下に動いていく。
(男の子は細い子が好きってMetubeで言ってたしなぁ……)
私みたいにゴツい脚なんて見たことないから、物珍しいんだろう。
これのおかげで結果を残せているのは確かだし、これからもトレーニングを止める気はないけど、ちょっとだけ涙が出そうになる。
泣かなくていいみたいだと思い始めたのは、カラオケの時だった。
(わ、私の脚……ずっと見てる……よね?)
明らかに見られている。それも情熱的に。
横島くんは子犬のように優しい目をしているけど、私の脚を見ている時だけは肉食獣のそれになる。
笑っているのでも、軽蔑しているのでも、不思議に思っているのでもない。ご馳走を前にして舌なめずりしているのだ。
生まれて初めて触れ合う異性。異性から向けられる熱烈な視線。
答えていいのか、自分からは何もしない方がいいのかも分からないまま、私の身体は火照っていく。
でも、これは一過性のものかもしれない。
綾香は横島くんに猛烈にアタックしているし、家柄的には御厨さんだろう。
私なんて遊び相手にもならずに飽きられてしまうに決まってる。
そんなふうに考えていたら……横島くんに遊びに誘ってもらえた!
暇つぶしでもなんでも、嬉しくないわけがない。
当日の服装はどうしよう。あと一日しかないし、新しく服を買いに行っている余裕なんてない。
女の子らしい服装を持っているはずもない。
考えに考えを重ねた結果、私は仮説を証明することにした。
クローゼットに押し込まれている服の中からできるだけ可愛いトップスを選び、下はショートパンツにした。
横島くんが本当に私の脚が好きなんだとしたら、人目も憚らずに見てくれるはず。
・
作戦は成功どころか大成功だ。
待ち合わせ場所まで走った私に「気にしないで」と優しく告げてくれた横島くんの目は、途端に色を変えた。
(目がバキバキになってる……)
前にクラスの女子がエッチな漫画の話をしていた時と同じ目……いや、もっと迫力を感じる。
(私、横島くんに何されちゃうんだろう)
期待しないわけじゃない。
私だって女だし、運動後は身体が「そういうこと」を求める時だってある。
ただ、横島くんにめちゃくちゃにされたい私がいると同時に、別の自分が芽を出すのも感じた。
「休憩したし、そろそろ行こっか。私、たまに代々木公園まで走りに来るんだ。だから道案内は任せて!」
「ありがとう。お願いするね」
「まずは……あの階段を登って向こうまで行こっ!」
立ち上がり、階段に脚をかけながら、さっそく試してみることにする。
わざと横島くんより数段先を進み、わざとらしく太ももを揺らす。
ぶるんという擬音が似合う程に震えたそれは、一人なら恥ずかしさを感じるものの、今は違った。
「あ、ごめんね! ランニングの癖でつい!」
「…………あ、ぜんぜん気にしないで。僕も吉崎さんぐらい体力をつけたいよ」
辛うじて会話は成立しているけれど、横島くんの目は釘付けだ。
私が階段を登るたびに顔から温かみが消えていき、反対に目は燃え盛る炎を宿していく。
(ふふっ……なんか、可愛いなぁ)
男子が自分に欲を向けてくれて、嬉しくない女はいないと思う。
相手がよっぽどアレな人なら分からないけど……横島くんは王子様みたいな人だ。
彼に触れられて、言葉をかけられてときめかない女子は女子じゃない。
そんな人が、本当なら私なんて歯牙にもかからない相手が、こんな脚に欲情してくれている。
私が身体全部を捧げても釣り合わないはずなのに、たかが一部位に心を乱される。
それがなんだか、たまらなく愛おしく思えてきた。
「展望台なんて言うほどの高さじゃないけど、わりかし綺麗じゃない?」
「うん。樹幹……だっけ。目線の高さにあって新鮮だね」
「そうそう、中途半端な高さが逆にね。秋は銀杏が積もるし、それもオススメ。走るのには向かないけどね」
「良かったら秋も一緒に来ようよ。僕だけじゃ気付けない視点に——ッ!」
偶然を装って、私の脚を彼の手に滑らせる。
すると彼は、顔を真っ赤にして手を引っ込めた。
(照れてるんだ……やっぱり横島くんも、こういうの慣れてないのかな?)
もちろん、私だってダメージがないわけじゃない。
少し触れただけで身体の疼きは何倍にも膨れ上がったし、もっと触って欲しいという考えで頭が埋め尽くされそうになる。
この時間をもっと続けたいけど、最終的に困るのは私だ。
揶揄っていると思われたり、不快にさせて嫌われたら、それこそ立ち直れそうにない。
——だというのに。このままだと私も戻れなくなりそうだと理解しているのに、女としての本能が、一生分の幸せを得られる最後のチャンスを手に入れようと急かしてくる。
(も、もう少しだけなら……いいよね)
これから自分が何をしようとしているのか。
自覚するたびに口の中から水分が失われていくのを感じる。
次回、再びエロ小説へ
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