18.ビジネスチャンス!
九重の言う通り、ラフトにはこの世の全てがあった。
俺たちのいたステーショナリーエリアから順にギフト、コスメ、キッチン、トラベル、そしてバラエティ。
一階ごとに世界が様変わりして、エスカレーターに乗っているだけで楽しい。
俺の若い時にはこんな場所は……あったのかもしれないが、少なくとも個人的な経験はない。
学生時代から毎日のようにこんなところに来れるなら、そりゃあ刺激不足にもなるというものだ。
上の階から見ていくという提案に沿って、俺たちはバラエティエリアへと到着した。
エスカレーターを降りてすぐ、ボードゲームが並んでいる棚が視界に入る。
「おー、こっちにもボードゲームはあるんだなぁ」
「これ面白いよ。引いたカードに書いてある言葉を組み合わせて物語を作るの……って、こっちってなに?」
「ほ、ほら、こういうのは海外の方が栄えてるって聞いたことがあったから!」
「なるほどねぇ! いっくん博識!」
曇りのない目で覗き込まれた時は肝を冷やしたが、どうにか誤魔化すことができた。
パッと見るだけで三十個は違うゲームが並んでいるし、現実世界と大差ないな。
男子がいない分、娯楽が発展しているのか?
「……そういえば九重さん、どうしてエスカレーターでずっと後ろにいたの?」
彼女は俺の一段下に立っていた。
ピッタリと、壁になっているかのように。
「えっ!? そんなのお尻見られないために決まってるじゃん!」
「決まってるの……? スカート履いてるわけでもないのに」
「そういうことじゃないんだよ、いっくん」
俺を諭すような口ぶりで九重は言う。
「男子にはわからないだろうけど、お尻派は多いんだよ。アタシも……まぁ嫌いじゃないけど? 知らない男子がエスカレーターの上に立ってたら、普通見つめるね。食い入るように」
「穴が開くほど?」
「穴なんてもんじゃないっしょ。跡形も残らないね」
「それはやめてほしいかも……」
この世界では目からビームとか出る設定なのか?
「だからアタシが守るってこと! 大丈夫、いっくんは九重綾香という豪華客船に乗ったつもりでいて!」
「乗っていいの?」
「——た、たとえだからねっ!?」
ギャルといえど、少し揶揄うだけでこれだ。
簡単に沈みそうな豪華客船だなぁ。
「……でも、いっくんに乗られるなら全然いいけど……」
九重の呟きはバリバリ耳に届いていたが、ここで発情されても困るし聞こえていないふりをして、他の商品を見る。
中でも惹かれたのはフロア端の棚だ。
たくさんのフィギュアが——それもリアルな人間のものが飾られていた。
「九重さん見て、僕たちのデータを元にフィギュアが作れるんだって」
「なにこれヤバ!? めっちゃ本物じゃん!」
彼女も棚にかけ寄り、顔を近づけてフィギュアを見ている。
「はぁ〜技術の進歩ってやつ? これ、いっくんビジネスチャンスだよ」
「どういうこと?」
ギャルの口からビジネスという似合わない言葉が飛び出てきて困惑していると、彼女は「ふふん」と自慢げに指を立てた。
「いっくんは男子で、しかも天使みたいに可愛いじゃない?」
「天使みたいに可愛くはないけど男子だね」
「つまり、神様みたいな存在ってこと。アタシみたいに……い、いっくんと仲良くなくてもね?」
「なるほど」
本心では全く納得していない。
「それでほら……あるじゃん、神社とかにある……」
「御神体?」
「そうそれっ! いっくんのフィギュアを御神体にしたい女子は……さんまん? といるわけ!」
ごまんといると言いたいのか。
「ここでアタシは考えたの。このフィギュアは一体作るのに一万五千円でしょ? でも、これを買いたい人はもっと払うと思う」
「要するに、一万五千円で僕のフィギュアを作って、たとえば二万円で売る……みたいな?」
「その通りっ! いっくん理解力の鬼!」
理解力もなにも、一から十まで言ってくれているんだが。
「アタシの見立てでは、百万円でも売れると思う。アタシもバイト頑張って買うし」
「百万はヤンキー過ぎると思うけどね」
そこそこの利益が出そうなのは俺にもわかる。
とはいえ——九重は知らないのだろうが——男子は最低限以上の生活が約束されている。
こんなあこぎな商売に手を出さずともリッチマンなのだ。
「ま、冗談だけどね。いっくんを売り物にするなんてアタシが許さないし」
「心強いよ、ありがとう九重さん」
彼女は俺に腕を絡めながら微笑んだ。
その後は一つ下の階でキャンプ用品なんかを見て、キッチンエリアに進むことにした。
皿やカトラリーといった一般的なものからコーヒーミルのような専門的な商品まで、やはり幅が広い。
「九重さんは料理得意なんだよね」
食堂でそんな話が出ていた気がする。
こういう部分、ギャルは結構分かれるタイプだろう。
家庭的なギャルも可愛いし、家事が壊滅していても許せる。それがギャルなのだ。
「できる方だと思う! ママが料理人で、小さい時から手伝ってるんだよね。一通り作れるかな。いっくんの好きな食べ物、なんでも任せて!」
「僕の好きな……ピザは無理だよね」
一般家庭にピザ窯はないだろう。
案の定、彼女は苦笑する。
「ピザかぁ……ママに言えば窯を用意してもらえるかもなぁ」
「そ、それは申し訳ないし……ハンバーグも好きだよ」
「ハンバーグなら任せて! めちゃくちゃ得意だからっ!」
自分の胸をトンと叩く九重。
その胸は小さくないが、今日のような身体のラインを強調する服装では揺れない。
その代わりに下着が胸部の膨らみを「証明」してくれるのだ。
食欲(想像)と性欲(現実)が一度に満たされる。ありがたい。
「じゃあ、良かったらいつか食べさせてほしいな。一緒に作るのも楽しそうだね」
「そ、それって……付き合ってるみたいで、楽しそう、かも……」
擬似体験には俺も同意だ。
最重要目標は月ノ原を落とし、恋愛的に追い詰めて涙目にしてやることだが、それだけでは得られない栄養素が確かにある。
それが健全なイチャイチャだ。
高校生や大学生にありがちな、お互いがお互いを好きだと知っているけど、あえて付き合わずに探りを入れる期間。
余りがちな時間をMINEでいっぱいにするのも良い。
これが社会人になると、若さという資源が明確に減っているため様子見がしにくくなるし、先の見える付き合いしかできない。
仕事でMINEを返す暇もあまりない。
健全なイチャイチャは、今しかできない贅沢な遊びなのだ。
その点で言えば、九重も吉崎も御厨も、彼女たちと過ごす時間はかけがえのないものであり、現実世界を生きる活力にもなる。
俺は九重に「そうだね」と優しく頷いた。
青春は、気づいたときには、手遅れだ(心の俳句)
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