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【2章開始】男女比が壊れた世界に転生(夢)した俺は、チョロインを弄びながら高嶺の花を狂わせることにした  作者: 歩く魚
夢の世界と月の女神

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16.アタシはこの世の全てがあると思ってる

 同学年の優しい男子と腕を組むという偉業。漫画を現実が超えたのだ。

 たとえるなら、棋士が全てのタイトルを独占するような、日本人スポーツ選手が世界一を獲得するようなレベルである。


 腕を組んだようやく、切り離されていた思考が綾香の元へ帰還する。

 事実を理解した脳が身体をじわりと汗ばませ、BPMが劇的に上昇。


(や、ヤバい……アタシの心臓の音、絶対聞こえてるよね!?)


 自分からアプローチを仕掛けておいて緊張しているなんてダサい。

 綾香は必死に自らを鎮めようとしていたが――樹はそれどころではなかった。時は少しばかり遡る。


 ・


「いっくんごめん、待ったよね」


 綾香の声が聞こえ、樹はそちらへ顔を向ける。


 タイトなサイズ感の黒のオフショルダートップスにデニムのスキニーパンツ、赤いバッグを持っている。

 トップスからは滑らかなデコルテが、引き締まった脚は微塵の露出もないというのに目が離せない。


 視界に飛び込んできたのは煌めきだった。

 彼女をなんと表現するのが正解なのか、樹には分からなかった。

 小悪魔なんていうありふれた言葉じゃ足りない。


 なんなら、少し恐怖すら覚えていた。

 現実世界の自分であれば確実に関わることのない人種、その中でもぶっち切りのトップが隣にいて、見るからに気合を入れている。

 

「ううん、今来たところだよ」


 そう返すのが精一杯だ。

 腕を組んで焦りが増した綾香とは対照的に、腕を組まれた樹は冷静だった。

 あり得ないことすぎて、逆に落ち着いていた。


 歩き出した二人は、会話もできずにスクランブル交差点の信号待ちをしていた。

 自分たちより前の人々は日常を流していたが、隣や後方の人間はその限りではない。

 だとしても、二人に知る由はなかった。


「い、いっくんは今日行きたいところとか、ある?」


 スクランブル交差点でカメラを回す外国人を避け、渡り切った頃に綾香が聞いた。

 まだ店を楽しむほど世界に飽きていない樹だったが、デートに「どこでもいい」は禁句。何かしら言わなければ。


「えーっと……そういえばノートが足りないんだった。用意してた分の他に、自習用も欲しくて」

「男子なのに勉強するの!? 男子って勉強しなくても赤点とかないし、どんな大学にも入れるんだよ?」

 

「叔母さんから聞いたから、その辺りは知ってる。でも、分からないより分かる方が楽しいでしょ?」

「……天使すぎる」

「え? なんて言ったの?」


 聞き取れなかった樹を誤魔化して、綾香は話を戻す。


「だったらラフトが良いかなって! 知ってる? 文房具もあるしコスメもあるし、なんでも揃ってるよ」

「行ってみたい! すごいところだね、ラフト」

「アタシはこの世の全てがあると思ってる。まじでヤバいから」


 樹としては、ラフト自体は前世で行ったことがあるが、かなり前になる。

 あの時はペンか何かを買ってすぐに帰った覚えがあるし、実質初見のようなもの。


 センター街のガチャガチャショップを横目に二人は曲がり、ほぼ突き当たりにラフトは店を構えていた。

 正面から見える入り口は二つあり、一つは数段の階段を登るもので、もう一つはその三倍くらいの階段を降りるもの。


「ノートは地下の方かな。ほら、気をつけてね」


 綾香は組んでいた腕を外し、自分の手のひらに樹の掌を乗せた。

 中世ヨーロッパが舞台の映画で同じような描写があったが、この世界ではいつから男が少ない設定なのだろう。疑問が樹の脳裏を過ぎる。


「ありがとう」

「お礼なんかいいって。女が男をリードするのは当たり前だし、いっくんはアタシの特別なんだから」


 店内には、文房具やノート、レターセットなど様々な商品が所狭しと並べられていた。


「ボールペンだけでもあんなに……あっちの人だかりはなにかな」

「あれはシールだね。シールを集めて交換するのが流行ってるの」


「へぇ! コレクションするの好きだし、面白そう。僕が買ったら皆んな交換してくれるかな?」

「それは……してくれるけど、あんまりオススメはしないかな……」


 奪い合いという言葉で済めばマシだが、おそらく戦争が起きる。

 天が割れ、地が裂け、海は干上がるだろう。

 綾香の口ぶりから樹もそれを読み取り、買うのはやめておいた。


「と、とりあえずノートを選ぶよ。持ってるやつと同じのにしたいから、時間はかからないと思う」


 そう言って樹は何度か視線を彷徨わせていたが、やがて平積みにされていたノートを数冊手に取った。綾香の眉が上がる。


「いっくんが使ってるの、それなんだ。あ、アタシもちょうどノート切れたんだった! 使い心地ってどう、かな?」

「書きやすいよ。横に別のスペースがあって、補足しやすいし」


「ならアタシもそれにする! ついでだしいっくんの分も買ってあげる!」

「え、えぇ? それは悪いから――」

「気にしないでっ! これもほら、千里の道も一歩からってやつでしょ!」


 それは意味が違うのでは、と樹が首を捻っている間に綾香はノートをひったくり、会計に走っていく。

 

 レジには五人ほどの店員がいたが、レジ待ちは四列も折り返している。

 綾香は最初こそこちらへ振り返っていたが、やがて列が進み肉壁に阻まれてしまった。


「一人になっちゃったな……」


 立ち止まっているのも人の邪魔になりそうだ。

 樹はふと、先ほどのシールエリアを見てみることにした。


 それは少し奥まったところに配置されており、道でもあった。明らかに通行の邪魔である。

 シールを狙う人々は、目の前に吊り下げられている商品に夢中で、さらに貴重な存在を認識できない。


 樹の身長は低いわけではなかったが、最前線でウロチョロするちびっ子、それを盾に順番という概念を無視しようとする親、ヒールで人の足を踏むことを許容する会社員、自由時間の優先順位を間違えた大学生などの前には無力。


(すごい人気だ……ホログラフィック加工でもされてるのか?)


 どうにか一目見ようと飛び跳ねてみるが意味はなく、そうこうしているうちに九重が戻ってきてしまう気がする。

 今回は縁がなかったか。名残惜しそうな顔をしながら樹が立ち去ろうとした、その時。


 何者かが樹の腕を掴み、優しく引いた。


「あ、九重さん。ごめん、やっぱり気になって――」


 言葉を止めた。立っていたのは九重ではなかったからだ。

悪意はないです、とても


評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

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