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【2章開始】男女比が壊れた世界に転生(夢)した俺は、チョロインを弄びながら高嶺の花を狂わせることにした  作者: 歩く魚
夢の世界と月の女神

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15.思考と肉体の分離

 翌日の天気は快晴。横島樹からすれば当然の舞台なのだが、実際には神の気まぐれに他ならない。

 

 春にしては暑い日、樹は白いタンクトップに黒いシャツを羽織るという、シンプルだがハズレのない組み合わせを核としてコーデを組み、待ち合わせ場所である渋谷へと向かった。


 現実世界――実際は前世なのだが――でも経験した者は稀であろう、一日に三人の美少女とデートをするという快挙。彼の足取りは極めて軽い。


 一人目の九重綾香と落ち合う時刻は午前十一時。

 土曜日とはいえ、まだ午前中だというのに人は多い。 


 大都市を一人で歩く麗しい男。尋常ではない注目を集め、彼の周囲には不自然な空白があったが、本人は気づいていない。


 観光客が増えて快適に散策できない、というのはこちらの世界も同じか。

 夢は現実での出来事を反映しているとは有名な論であるし、むしろ自分が引き金だ。

 樹は考えながら、綾香にメッセージを送ろうとMINEを開く。


『もう着いたんだけど、いまどの辺にいる?』


 三分前に連絡がきていたが、迷宮のように入り組んでいる渋谷駅に惑わされていて気付かなかった。

 樹は慌てて画面をフリックする。


「ごめん! 今着いた!」


 送るや否や既読が付き、樹が「今は」と打つまでの間に反応がある。


『いっくん無事!?』

『ごめんね』

『いっくんは渋谷なんて慣れてないんだし、アタシがホームまで行くべきだった』

『とりあえず危ないことになってないよね?』


 心の中で「おお……」と漏らす樹。

 ここでようやく自分が置かれている立場を再確認し、控えめにあたりを見回し始める。


(……芸能人ってこんな気分なのかな)


 女性たちに理性が残っていなければ、池の中に餌を投げ落とされた鯉のように群がっていただろう。

 

 樹が三次元より二次元に近い雰囲気を纏っていることも功を奏したし、教室という箱があれば声をかけることへの心理的ハードルが薄れるが、街は箱としては大きすぎる。


「心配かけてごめん」

「今はハチ公のあたりにいるんだけど……」

『そこで待ってて』

『できるだけ迷ってる感じを出さないで』

『すぐ行く』


 本当はもう少し人の少ない場所……ラフトあたりの待ち合わせに変えても良かったが、樹はラフトの場所が分からないだろう。

 なら、今の場所から動かないでいてもらえる方が早く合流できる。

 樹が迷っているのかと思い渋谷を爆走していた綾香は考えた。


 心配なのはナンパだろう。

 自分より可愛い女子などそうそう現れやしないが、樹が年上好きならどうだろう。年齢ばかりは勝ちようがない。


 重要なのは大義名分を与えないことだ。

 樹が子犬のような顔でキョロキョロしていれば、「道に迷っているから助けなきゃ」と心理ブロックを外す輩が出てくる。

 だから、目的を持っているフリをしてもらうのだ。


 すぐ行くという言葉通り、綾香は一分で樹を探し当てた。

 彼が自分に気付く直前に急停止し、爆速で髪や服装の乱れを直すと、平静を装って声をかける。


「いっくんごめん、待ったよね」

「ううん、今来たところだよ」


 今来たところでないのは明らかだったが、女性経験のない樹としては「ごめん待った?」に対する返答は「今来たところだよ」しかなかった。ラブコメで培った知識。


 しかし、この世界では全ての人間が「樹と同じレベル」だった。

 男性と恋愛をしたことのないクリエイターが、男性と恋愛をしたことのない受け手のためにコンテンツを生み出す。


 樹の返答は、奇しくも女子にとっての理想的なものだったのだ。


「えへへ、いっくんは優しいね……それじゃ、行こっか」


 昨日、樹に殺されかけたことで、綾香は新たな技術を体得しようとしていた。


 ――思考と肉体の分離。


 人に容赦なく暴力を振るえる人間は、物騒な界隈に重宝される。

 他の生命……とりわけ同種を傷つける行為には本能が警告を発するからだ。

 だから最初からブロックが外れていたり、自分で外すことのできる人間は結果を残しやすい。


 これは暴論のように見えるが、尺度を変えれば現代社会にも通用する。

 平気な顔で嘘をつく。一緒にゴールしようと約束しながら、10メートル前から飛び出す。


 倫理観はさておき、必要な時に脳の楔を取り除ける人間はチャンスを掴みやすいのだ。

 綾香は、図らずもその技術を手に入れる入り口に立ち、無意識のうちに、それを己のモノにしようとしていた。


 いつまでだって見ていられる私服の樹。

 樹に邪な視線を送る渋谷の人間たち。

 これ以上は身体が持たないと動きを鈍らせる本能。


 自分がするべきことは理解している。

 樹を他の女から守らなきゃ。樹にもっと近付きたい。

 どちらも満たす方法が一つだけあり、状況は整っている。

 なら、限界を越えるしかない。


 綾香が樹に「行こっか」と告げてから僅か一秒。

 瞬きほどの時間で覚悟を決めた綾香は考えることをやめた。

 思考と肉体の分離。綾香は。


 ――樹と、腕を、組んだ。

これが月面着陸と同列に語られるほどの偉業だということは、読者諸君なら理解していることだろう。


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