12.なぜか優しい気持ち
数曲ほど聴いて、俺は御厨に「ちょっとお手洗いに行ってこようかな」と伝えた。
彼女はどうしてか少しだけ頬を染めた後、快く送り出してくれる。
といっても男性用トイレは用意されておらず、駅で言うところの多目的用にはいることになる。
街中を歩くだけでも安全ではないのに、カラオケなんていう密室に向かう馬鹿はいないと思われているのだ。
しかし、これは考えようによっては素晴らしい事実でもある。
女性用も多目的も、どちらも女性しか使わないのなら――俺が入ったのは多目的ではなく、女性用トイレと認識しても良いはずだ。
合法的に秘密の花園に足を踏み入れられるのだから、やはり夢世界はやめられない。
こんなことを現実で考えていると知られでもしてみろ。
明日から下水道しか通り道がなくなってしまう。
この甘い外見と変態的な内面のギャップにおかしくなりつつ、用を足した俺は手洗い場を後にした。
「――あれ、いっくんじゃん!」
ちょうど同じタイミングで、女性用の方から九重が出てくる。
「奇遇だね。もう立ち上がれるの?」
「う、うん……アタシとチッヒはなんとか」
チッヒというのは……吉崎千翼のあだ名か。
「なら良かった。じゃあ、少しここで話していこうよ」
「えっ……いいの?」
カラオケを楽しむのももちろんだが、一生気を遣われるのも、それはそれで疲れる。
ここで時間を潰し、体力を回復してから戻ろうという魂胆だ。
「じゃ、じゃあ……今はいっくんを独り占めできるんだね、えへへ」
表情を綻ばせている九重だったが、俺は少しばかり違和感を覚えた。
「…………いっくん? ど、どうしたの?」
確信とは言い難いが、どうにも彼女の姿が乱れている気がする。
ヘアオイルまでつけているボブカットは明らかに乱れているし、着崩している制服のボタンはさらに一つ外され、スカートの短さを強調する長い足をクネクネと、太ももを擦り合わせている。
手洗い場とは身体の老廃物を排出する所だが、身だしなみを整える場所でもある。
それなのに、まるで今の九重は正反対の――
「な、なにもしてないからっ!」
馬脚を現すとはこのことか。
俺の探るような視線に、彼女は自ら怪しさを増すようなことを言い出してしまう。
「なにもって、いきなりどうしたの?」
「い、いや、その……女子が男子と一緒にいた後にすることなんて、一つしかない……と思ってるでしょ?」
駆け引きもクソもない。男がいないから圧倒的に恋愛の経験値が足りず、陽動せずともボロを出してしまっている。
(まさかここまでとは……)
思わず口に出しそうになるも、ギリギリで押し留める。
アプローチをかけてきていたとはいえ、俺への想いが大きすぎる。
これならもう、九重を落としてしまっても良いかもしれない。
そうと決まれば攻めるのみ。
「ごめん、九重さんの言いたいことが分からないや。詳しく教えてもらっていいかな?」
「えぅ!? あ、えっと、その……」
当然言えないだろう。あまりにセンシティブで、下品で、相手が男なのだから。
「んー? どうしたのかな」
「ひゃっ!? い、いっくん!?」
俺は薄く笑みを浮かべると、九重の手首を掴んで壁際に誘導し、正面から顔を捉える。
「ちかいちかいちかい……も、もう少しだけ離れ――」
「そんなことより、なんて言おうとしてたか教えてよ」
言葉を遮り、さらに顔を近づけていく。
九重の瞳は最初から女の色だったが、今は潤んでもいた。
矛盾しているのだろう。男という知らない生き物に、本来なら襲うはずの弱者に迫られていること。恐怖。
童貞の妄想する嘘のようなシチュエーションが現実に起こるかもしれないという期待。
そういう感情が一つになり、気の強そうなギャルの心を折りかけていた。
そして、ここまで攻めたならトドメを刺すのが武士の情けである。
「う、うあ…………」
もはや言葉すら発することができなくなっている九重の両足、その間に俺の右腿をねじ込み、徐々に位置を上げていく。
同時に彼女の腰も砕け、俺が想像していたよりも早く「感触」がした。
俺は動かない。九重は動けない。
だが、俺の腿はじわじわと湿り気を帯びてきて、それに気付いた九重は、頭がおかしくなったんじゃないかと思うくらいに目を見開き――
「――――ッッ?!」
俺は彼女と唇を重ね合わせた。
九重は二度、三度と腰を跳ねさせ、やがてとろんとした瞳のまま動かなくなる。
意識を失っているわけではない。
あまりの刺激と情報量にフリーズしているだけだ。
俺は彼女を適当に座らせ、一言かけて去ろうとする。
その時、目の前を通り過ぎる足音が聞こえた。
顔を上げると、そこにいたのは銀髪――月ノ原だ。
彼女も花を摘みにきたのだろうが、上気した様子の九重と、それに触れている俺を見て、一言。
「…………最低」
吐き捨てるようにして、来た道を引き返していった。
(いやぁ……これは……)
振り返ることもなく、真っ直ぐに歩いていく月ノ原の背中を見ながら、俺は今見られたことの影響を考える。
間違いなく、彼女は俺のことを「女を誑かす遊び人」だと認識しただろう。
加えて月ノ原には許嫁がいて、他の男が入り込む余地は極めて狭い。
恋愛のみならず、人間関係を円滑に進めるコツは第一印象である。
第一印象が良ければ好スタートを切れるし、逆もまた然り。
つまり、今の俺の状況を一言で表すと――
「――――最高だ」
強がりでも諦めでもなく、本心からそう感じている。
マイナス要素は、状況が好転した途端にプラス要素に変わる。
俺の目標においては、マイナスからのスタートは理想ルートなのだ。
まったくの偶然だったが、カラオケに来た甲斐はあった。
それにしても……綺麗な声だった。
声色には嫌悪が十二分に練り込まれていたものの、芯があることはよく伝わった。
あの声に俺への愛を叫ばせたら、懇願させたらどれほど快感だろう。
俺は未だに痙攣している九重の頭を優しく撫でてやりながら、この夢がまだ覚めないようにと願っていた。
なんか急にエロ小説みたいになっててワロタ
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