11.まだ見ぬ強敵(仮)
「あらあら〜! 横島くん、こんなに早く来てくれるなんて思いませんでした!」
室内に足を踏み入れるよりも早く、扉から音が漏れるのと同時という凄まじい反応速度で御厨は反応し、こちらへ駆け寄って来る。
おそらく上流階級の嗜みなのか、負の感情を向けられない人生を送っているからか、もともと明るい表情をさらに煌めかせながら、俺の手を引こうとする。
だが、まさしく「触れる」だけで彼女は耳にまで緊張を表出させ、手を離した。
「さぁ、こちらへ。みなさんお待ちしておりましたよ」
身体の反応を抑えることはできなくとも、態度の上では平静を装っていられるのがお嬢様の証だろう。
俺は促されるまま、最も扉に近い端の席に腰を下ろした。
「こちらでよろしかったでしょうか?」
覗き込むように聞かれる。
なるほど、俺がすぐに腰を下ろすことができて、なおかつ外に逃げやすい場所として端をチョイスしたのだ。
前半の部屋では俺が楽しめるように、プレッシャーをかけないように席を選んでくれたが、こちらでは俺の安全性を確保してくれた。
同じ美少女でも個性が出るのが人間の面白いところだな。
「ありがとう御厨さん。僕のことを考えて選んでくれたんだね」
「しょ、しょんなことは……ありますが……」
どの子もチョロすぎる。
土地の権利書をくれと言えば差し出してくれそうな気さえしてきた。
「あ、あちらの部屋では歌われたのですか?」
「一曲だけ。みんなが疲れちゃったみたいだから出てきたんだ」
「なるほど……理解しました。お疲れだと思いますし、こちらではゆっくりなさってください。こういうのを……聞き専? というのでしたっけ?」
「そう言う気もするかも」
彼女はお嬢様だから若者言葉に疎く、俺は中身がおっさんだから同じく。意外と同ランクでの会話になりそうである。
歌に関してはもう一曲披露したいところだったが、あんな状態になられると困るし、お言葉に甘えることにした。
(ってことで俺が探すのは……)
端から女子の見た目と名前を一致させていると、俺から最も遠い場所に――月ノ原がいた。
誰が何をしていようと関係ない。私は数合わせで来たに過ぎない。そう言いたげに、ダルそうにモニターを見つめている。
もしかすると、彼女はカラオケ採点に並々ならぬ情熱を抱いているのかもしれない、とも思えるぐらいだった。
二次元級の補正がかかっている世界においても、ハーフという優位性は保たれている。
ツンとした態度を表しているかのように高い鼻を見て、誤用だとしても明かしてやりたいと思うのは自然なはずだ。
「彼女は月ノ原ミラさんです」
視線の先を察知した御厨が、丁寧にも教えてくれる。
「すみません、彼女は横島くんが嫌いなわけじゃないんですよ」
「そうなの? 僕はてっきり、知らずのうちに嫌なことをしちゃったのかなって――」
「そんなことはありませんっ!」
他の生徒に気付かれないようにだが、御厨は強く否定する。
無意識のうちに俺の両手を握ってすらいた。
「――っ! し、失礼しました……」
両手をひらひら振りながら「全然」と言うと、彼女は深く息を吐いた。
「彼女には許嫁がいるんです」
「許嫁?」
御厨は頷く。予想通り、月ノ原を落とすには強力なライバルがいるらしい。立場という意味では、強力な。
「でも……あまり詳しくは言えないですが、とても男性的な方のようで……」
プライベートな事でもあるとはいえ、言い淀む様子が怪しい。
「男性的って良い事じゃないの? 筋肉質な男の人って憧れるな。ほら、僕は男性的とは程遠いから……」
「真逆です! 確かに横島くんは一般的な男性像からは離れていますが、良い意味でです!」
そういえば、この世界の男の性格までは調べていなかったな。
環境的に男は女性に恐怖心を抱きやすく、自分磨きをしなくとも相手が見つかる。
外見や一芸という面での対策は練っていたが、性格は?
口ぶりからおおかた予想はできるが、一応聞いてみると、御厨は「ええと……」と言葉を濁しながらも話し始めた。
「男性の多くは女性に苦手意識を持っていますので、あまり関わろうとしません。それは私たちにも責任があるのですが……その、中には乱暴な方もいるんです」
「乱暴?」
「男性は女性よりも遥かに貴重だから、尊重されるべきだ。それ自体は社会的に間違った考え方ではありませんが……」
「それを盾に、何をしてもいいって考えてるわけか」
言葉の代わりに行動で肯定を伝えられる。
男の方が貴重だから大切にする、というのは当然に近い認識で良いとはいえ、同じ人間だ。
どんな変態的な嗜好を持っていたとしても、根底では平等に接するべき。
現実のレベルは不明だが、月ノ原は許嫁からハラスメント的な目に遭わされている。
「……あの、横島くん? なんだか怖い顔ですよ……」
「あ、あぁ……ごめん。ちょっと考えてちゃって」
そう取り繕ってみるも、身体の奥底から沸々と怒りが湧き上がってくるのを隠しきれない。戦いを前にした武者震いだ。
だが、それは同時に幸運でもあった。
真の男は、物理的にではなく精神的に女性を屈服させるもの。
月ノ原の許嫁がカス野郎なのであれば――俺も心を痛めずに奪うことができるというものだ。
男の世界は弱肉強食だということを、夢の世界に轟かせてやろう。
俺は改めて決意した。
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