第32話 乾杯
四人分とはいえここまで種類が並ぶと立派なごちそうだ。残り物を次の日も食べることを前提にして、わざと多めに作る。そのほうが見栄えが良いし、何より残量を気にせず食べることができるからだ。大皿に置かれた肉の塊ほど、食欲をそそるものはない。食べられるだけ食べて、あとは適当に冷凍でもしておけばよい。
テーブルには所狭しと料理が並んだ。一部は載せきれずに台所のコンロにそのまま置かれている。バイキング形式だ。
「じゃあ早速乾杯しようか!」
カノンの掛け声で早速パーティーが始まる。
用意された酒はとにかく種類が豊富だった。メンバーが全員アルコールを好むということもあって、マエストロが依頼の報酬に酒を要求することは増えている。それに加えて、ドルチェが果実を使った酒を造っておいてある。コルトなどは作業が煮詰まった時にそれを飲みながら格闘していたほどだ。まあ、これに関してはある日フィーネに見つかってこっぴどく叱られて禁止という運びになったが。
各々が好みのドリンクを取って各自グラスに継いでいく。カノンはトニックと呼ばれている炭酸入りのもの。フィーネはあまり甘いものが好きではないためそうではないものを。ドルチェはオレンジジュースでカクテルを作っている。コルトは手作りのハイボールだ。
グラスを手に持てば準備完了だ。特に申し合わせることもなく、皆自然とカノンの報に視線が向く。
「じゃあみんな、今回の依頼もお疲れ様!今回はね……流石に大変だったと思うけど、全員無事戻ってこれました!いえい!」
カノンがはしゃぐと、コルトがいえ~い、と元気に同調した。
「いや~、マジで死ぬところだったからね~。お姉さんもさすがにダメだと思ったなぁ」
「そうだね~、遠くで見ててひやひやしたよ」
「カノンが前に行っちゃうから……本当に死んじゃうかと思った」
三人が各々の感想を述べる。
「あはは……あれはごめんね……はい。まあそういうことですが、今夜はみんなで生きてることをお祝いしましょう~!じゃあ乾杯!」
乾杯!という発言がすぐに続く。その後は作った料理をみんなでひたすら食べて、ひたすら飲むだけだ。
「ドルチェー!これ美味しいよ!この肉のやつ!」
カノンが言っているのはピーマンの肉詰めのことである。ドルチェの得意料理の一つだ。
「うん!今日はお酒を飲むんだと思って、味付けも濃くして見たんだ~」
いつもふわふわとしているドルチェの口調が、いつも以上に上ずっている。
「あれ?ドルチェさん、もう酔っぱらってるんですか~?じゃあお姉さんが襲っちゃおうかな~」
早速コルトがからかい始める。やめてよ~、という掛け声が広がる。マエストロが依頼を完遂すると行われるいつもの光景だ。でもこの体験を4人でずっと行えることはないのだろうなと実感している。いつどこで誰が帰ってこないか分からない。帰ってきたとしても腕や足が吹き飛んでなくなっていることもあるかもしれない。だからこそ、今日の料理や酒が美味しいのだ。
「これも……美味しい」
「あ、フィーネちゃん、これ美味しいって思う?」
「え……?うん……」
フィーネが食べているのはチーズを香辛料や塩で味付けした簡単な料理だ。味が濃い。
「うん。それはね。ワインと合うように作ってあるんだ。フィーネちゃん、ワイン好きかもね」
フィーネがマエストロに来てからいろいろな酒を教えてもらったが、どれも口に合わなかった。唯一飲めないことはないと思って飲んでいたのがワインだったのである。
「ワインはね、それだけでも美味しいけど、食べ物を美味しくするためのものでもあるんだよ~。フ
ィーネちゃん、自分に合ったお酒見つけれたかもね~」
フィーネが言われてワインを口に含んでからチーズを食べてみると、少しだけいつもと味が違うかと思った。確かにこれなら空きが来ないかもしれない。ワインの苦みを残したままチーズを食べると、チーズが口に残る感覚がなくなる。
「……もう少し飲もうかな」
気が付いたらグラスの中身が空になってしまった。早速ドルチェが継いでくれる。ちょっと頭がふわふわしてくるころ合いだろうか。
「うえ~い!コルトお疲れ~!」
「お~!カノンもお疲れ~!」
テーブルを挟んで向こう側ではカノンとコルトが騒いでいる。
「カノン、怪我はなかった~?お姉さんは心配だったぞ~」
「うん!大丈夫だよ~!すぐ直った!私だってヴァリアントだからね~。そのあたりは万全よ!」
カノンが無数に受けたはずの銃弾はあと一つ残らずに治ってしまっている。ヴァリアントが持つ能力は実に多様だが、その中でもカノンが持つ能力はマエストロのポジションと合致している。本来であればカノンは日々の依頼の中で身体中に生傷を追っていてもおかしくないのだが、そうなっていないのはヴァリアントとしての能力がある。再生能力は女性としての自分も保ってくれる。
「おかげさまで今日もカノンのお肌はすべすべですよ~。いい感じに出来上がってるんじゃない?これならお姉さんがお持ち帰りしてもいいかな~」
「あれ?私ひょっとして襲われちゃうの?」
「お酒を飲ませれば、少しヘンなことしても怒られないでしょ~?」
「うわ~、コルト悪い人だ~!撃ち殺しちゃうよ~?」
段々会話に中身がなくなってくる。最終的には騒いだり抱き着いたりするだけになってしまう。会話を覚えていることもその日によって異なるが……今日は忘れないだろう。
「そろそろ焼けたかな~?」
ドルチェがオーブンにピザを焼いていたようだ。千鳥足で180℃以上に熱せられたドアに手を伸ばそうとするドルチェを必死に三人で抑え、まだ判断がしっかりと取れていそうなコルトが向かう。
四人しか知らない基地で、四人しかいない飲み会はこうして過ぎていく。
結局、飲み会は日付が回るころまで続いた。その間、四人は酒をひたすらに飲み、食べ、語った。
飲み会の終わりに明確な境界線は存在しない。酔いつぶれたコルトとドルチェをフィーネが運び、会は自然とお開きになった。一番騒いでいるカノンはなぜか最後まで正気を保っていることが多い。さすがにストレスが溜まっているのか、温厚なドルチェまでが今日はお酒を飲むペースが速かった。
「あははははは~。コルト~。」
と言いながら赤い顔をコルトに摺り寄せている姿は誰が見ても可愛いというのではないかと思う。
一方、フィーネは生まれつきアルコールには強い。カノンがどこからか持ってきたウイスキーとかいう代物に口をつけた時はさすがにぐらっとした(アルコールで喉が焼けるようでとても飲めるものではなかった)が、マエストロに入って行われたパーティーでフィーネが酔いつぶれてしまったという経験は一度もない。ただ体には来るようで翌日頭が割れるように痛くなる。
ただ、飲んでいる間は楽なもので、少し身体が火照る程度で済む。静かになった基地を横目に夜風にあたって少し涼もうとフィーネは外に出た。外はいつも通りどんよりとしている。寿四季を忘れた地球は相変わらず人間にとっては住みにくい。ただ日によって人間に微笑んでくれる瞬間もあるようで、今日は不思議と過ごしやすい気候だと思った。部屋着に上着を着ただけの格好でフィーネは外に出る。サンダルを小石にひっかけて転びそうになってしまった。
拠点から少し歩いた場所に、空がよく見える開けた広場がある。山のちょうど中腹辺りに拠点が位置するから、眺めも実にいい。そして夜風が良く当たる。アルコールで上気した頬にあたるにはちょうど良い気温と風だとフィーネは思った。表情こそ変化していないが、少しだけ足取りが軽い気がする。




