第31話 酒と料理
「新しいお化粧もあるじゃ~ん!これはコルトさんもかなりご機嫌だよ~!」
そういいつつコルトが、化粧品が詰まった段ボール箱を開けて喜んでいる。液体が入ったプラスチックのケースは明らかに試作品のそれだが、中身は確かに化粧品だ。
「でも、これ大丈夫なの?毒とか入ってたりしないよね?」
ドルチェが心配した。当然の疑問である。
「大丈夫なんじゃないかな。毒味してみろって言ったら、私が指示するものをちゃんと食べてくれたよ」
とはいえ、何が紛れ込んでいるか分からない。早速コルトがいくつかのものを持って調べることにした。工作をした形跡はなく、どうやら信用に値するものであったらしい。
今、カノンの目の前に置かれているごちそうはそこに由来する。いきさつはともかく、マエストロは今回の依頼の報酬を受け取った。
「他はどんな感じなの?」
カノンが全身に期待を表している。
「あとはね、これ!」
ドルチェが冷蔵庫を開けると、そこにはショートケーキが一ホール入っていた。昨日のうちに仕込みが終わっていたのだ。
「作るの大変だったんだよ~。でも今回はみんな頑張ったからね!張り切って作っちゃった」
これには遠目に見ていたフィーネとコルトも目を丸くした。ケーキを素材から作ることがいかに難しく時間のかかることなのか、ドルチェと一緒にお菓子作りをした経験のある三人は知っている。いつの間にこんなものを作っていたのか。
「昨日から仕込んでいたものはこれだけかな。あとはスープとかサラダとか。みんなも手伝ってくれると嬉しいな!」
小柄な少女の提案を受け入れないものはいなかった。早速、キッチンとリビングが騒がしくなる。
「ドルチェ、このスープの味みてくれる?」
こういうときの料理長は常にドルチェだ。フィーネが聞くと少し離れていたところで野菜を切り刻んでいた彼女が、「どうしたの?」とばかりに飛んでくる。
「えっとね……うん!美味しいと思うよ!あと、もう少し酸味を入れてもいいかもしれないかな。お酢を少しだけ入れて……」
アイリス出身のフィーネはある程度料理をすることができるが、簡単なものしか作ることができない。隠し味のような複雑な工程はすべてドルチェが担当する。
「これでどうかな……。うん!あとはね、これを20分くらい煮込めば完成だね!ありがと、フィーネちゃん!」
にこっとドルチェが微笑んだ。あくまで自然体である彼女の姿を見ると、なぜかフィーネも落ち着く。それが彼女の良いところなのだなと思った。
オーブンのほうでは、コルトとカノンがステーキを焼いている。
「こんなもんかな」
「ああ!ちょっとまって焼きすぎだよカノン。ちょっとレアなくらいがちょうどいいんだからさ」
「ええ~?もう少しミディアムでもいいじゃ~ん。」
今回のステーキは大きな肉塊に香野菜を入れて臭みをなくし、一気に焼き上げた後に切り分けるという形をとった。そのため、焼き加減の調整ができないから好みでもめているのだ。
「ええい!こういうのは焼けば焼くほどおいしくなるの!」
ついにカノンがツマミをひねる。
「うわ!カノン、何してるのさ!これじゃ表面が焦げちゃうよ!」
それを見たフィーネが苦笑いをしながら二人のほうに寄って言った。
「ダメだよカノンちゃん。焦げると匂いがついちゃうよ」
コルトがカノンからツマミを奪い取って火力を元に戻した。ステーキは厚切りだったから、何とか
保ってくれたらしい。
「焼き加減は……どうしよっか?二人でじゃんけんして決めたら?私とフィーネちゃんは、たぶんどっちも好きだと思うから」
全員の舌を把握しているドルチェならではの発言だ。
「だってさ?カノン。料理長がそう仰せですよ」
「なるほどね……受けて立とうじゃない、コルト」
平和的解決(?)が行われていることを確認して安心したドルチェがフィーネのもとに戻る。
「あの二人、何してるの?」
フィーネはスープづくりに集中していてやり取りが耳に入ってこなかったらしい。
「う~ん。なにしてるんだろうね?」
ドルチェがすっとぼけた。説明するのが面倒くさいらしい。
「あ!ちょっと待って!いまアンタの目が光ったじゃない!動体視力でアタシが何出したか分かって後出ししたでしょ!」
「そんなことしてません。言いがかりです~。私の勝ちです~」
「ウソよウソ!やり直しよ!」
コンロの前が先ほど以上ににぎやかになった。
「……本当に何してるの?」
「……さあ?」
フィーネとドルチェにはわからないことだが、肉のこだわりは、誰にも譲れないのである。
闘争の結果、コルトがカノンに折れる形になったらしい。どちらかというとワイワイやっている間に肉がこんがり焼けてしまったというほうが正しいだろうか。
肉、スープとくれば次はサラダだ。そしてサイドメニューで軽いつまみのようなものを作ろうということになった。
「貴重な生野菜……!やっぱこれだよね~!シャキシャキした感覚、本当に贅沢……!」
まな板の上に並べられた色とりどりの野菜を目にして、コルトが目を輝かせる。
「これで飲むお酒、おいしいのよね……」
「飲兵衛さん、身体には気を付けるんだよ」
ドルチェとコルトがほほえましいやり取りをする。まあ、実際はドルチェもかなりアルコールに強い。そして、コルトはなぜか顔に引っ搔き傷を作っている。カノンも同様だ。」
本当はカノンとコルトにサラダとつまみ作ってもらう予定だったのだが、肉を入れてオーブンのボタンを押すだけの作業になぜか数十分を要したため、残り二作の料理を二組でそれぞれ作ることとなった。
「じゃあ、サラダはアタシとフィーネで作りたい!」
コルトが希望を出す。
「うん、わかったよコルトちゃん。じゃあおつまみは、私とカノンちゃんで作るね」
サラダ担当は、豊富な素材からサラダになるものを選び出さなければならない。
「どうしよっかな~。ねえねえフィーネ、何か食べたいものはある?」
野菜は当然、生のままで使える時期は限られている。そのため数日たつとドルチェがすべてゆでたり漬物にしたりして加工してしまう。だから、どうしても生の素材を味わうことのできる期間は短くなる。したがって、数日で食べきるには多すぎる素材の中から、選定が必要になるのだ。
「えっとね……ドルチェはトマトが好きだから、トマトは入れたほうがいいと思う。あと私はキュウリが欲しいかな。あと……色がもう少しあるといいから、パプリカを入れてみようか。あとはベースにレタスかな。どう思う?」
「うん!いいと思う!」
決まってさえしまえば、野菜を切って、盛り付けるだけだ。盛り付けは二人でそれぞれの皿で行うことにした。
「これは……誰がどっちを作ったのか絶対にわかるね」
横で玉ねぎを刻んでいたドルチェが思わず口を滑らせるほど二皿の盛り付けられたサラダは対照的だった。スライスされたトマトとキュウリをサラダボウルの淵に均等に並べて食欲をそそるような盛り付けになっているのがフィーネ、雑多に切られた野菜がおかれており見た目を重視していないのがコルトだ。
「あはは……こういうの、苦手なんだよね、アタシ」
「今度教えてあげようか?」
「いや~、まあできないことはないんだろうけどさ、なんだか、こう、性に合わなくて」
コルトは本来、こういった細やかな作業は得意分野なはずだ。その証拠に、ドルチェの狙撃銃を寸分の狂いなく揃えてくる。
「機械は視えるからいいんだけどさ~……、こういうのは何が何だかよくわからないし、めんどくさくなっちゃうんだよね」
機械と生物は違うということだろうか。まあそれ以外にもコルトはそこかしこで大雑把な一面を覗かせる。
一方、ドルチェとカノンの料理はあまりトラブルなく進んでいった。
「おつまみっていっても簡単なものにしようかなって。お魚ももらったから、それを玉ねぎとオリーブオイルで炒めて、ちょっと塩で味付けして、それで終わり。おいしそうでしょ?」
せっかくだから味付けもちょっと濃い目にしよっか。とドルチェが付け加える。
「いいね、いいね!それ!絶対お酒に合うやつじゃん!」
「ふふふ。最近大変だったし、たまにはコルトちゃんもカノンちゃんも、いっぱい飲んでもいいかなって思ってさ」
カノンが何か神様でも見るかのような目でドルチェを見つめている。それを見てそんな大袈裟な、とつぶやくとドルチェがフライパンに料理を取り掛かった。
オリーブオイルを敷いて玉ねぎをしばらくの間炒める。少し色目が変わった段階で魚を入れてさらに炒める。魚はあらかじめカノンとドルチェが捌いて、骨を取り除いて食べやすい形に整えてあるから、あとは加熱すればほとんど完成だ。そして上から岩塩と胡椒を振りかけて完成となる。
「で、あとはこれをお皿に盛り付けて、完成だね!」
ドルチェが楽しそうにいう。屈託のないドルチェの笑顔を見たくないものなどいないなとカノンは思った。こうして楽しそうに料理をしている彼女は見ていて飽きない。
こうして、それぞれの料理が完成した。あとは前日にすでに作っておいた料理をレンジで温めて出す。




