第30話 記憶と日常
オオガミを殺してから一週間後、四人は相変わらず基地で暮らしていた。オオガミという重要人物の暗殺は、さすがのマエストロも大人しくせざるを得ないほどである。
暇な時期がしばらく続いた。数日間だけはカノンが若干ふさぎ込んでいたが、それも数日で立ち直ったように見える。
「暇ね~」
リビングに置かれているソファに寝そべりながらコルトがつぶやいた。じとじととした天候の中で、マエストロの秘密基地は湿気だらけになる。
「ねえねえコルトちゃん、アイリスにはね、湿気を少なくする機械があるってきいたんだけどほんとうかな」
寝っ転がっているコルトを横目にドルチェが尋ねた。ドルチェは今、保管されている食料の管理をしている。とくに作りかけの果実酒などは数週間に一度はかき混ぜてやらねば雑菌が沸く可能性があるため、まめにかき回してやらなければならない。
「あ~……どうなんだろうね、フィーネ、何か知ってる?」
「除湿器のことかな。あるよ、アイリスには」
フィーネが答えた。向かいのソファに行儀よく座って本を読んでいる光景は、コルトと比較して対照的なものを感じる。
「え~、いいな~。今度カノンちゃんに頼んで、依頼の報酬にしてもらおうよ。そうすれば少しは快適になるかもしれないね」
ほわほわ、という言葉が似あう口調で話すドルチェの髪は、少しだけしっとりしているように感じる。気温もたいして高くないはずだが、じめじめとした空気はなんとなく心を落ち込ませるし、洗濯物は遅々として乾かず、なにより美容に良くない。
「それいいね!聞いてみようか」
いいね、とフィーネも静かに同調する。視線は少し上げたがすぐに本に戻った。本を読まないコルトにはフィーネが何を読んでいるのかよくわからない。たしか聞くところによると大昔に書かれた本で、宇宙から降ってきた少年が飛行機乗りの男と話す小説だという。飛行機というものをコルトは見たことがない。それに、話すだけの小説なんてずいぶんと平坦な内容だなと思う。
「カノンちゃんは何してるの?」
「ああ~、カノンは今日、高台までの草刈り担当だよ。そろそろ戻ってくる頃じゃないかな」
寝っ転がったままのコルトが答えた。
「ああ~……草が生えちゃってたいへんだったよね、あの道」
数週間前の襲撃ののちに帰ってきたマエストロを迎えたのは、不在のうちにたまった部屋の汚れと高台までの道が封印された姿だった。部屋の掃除は最低限行ったが、オオガミの調査をしなければならないこともあったため、道のほうは放置せざるを得なかったのである。
その結果、道を取り戻すまでが大変な作業になってしまった。異常繁殖する植物の数々を鉈で振り払い、地面を踏み固める。数週間とはいえ、イントキシンにより異常活性した植物のこを放置していては話にならない。アイリスでは撒くだけで植物の繁殖を抑制できる「除草剤」なるものが開発されているらしいが、いくらカノンが依頼の報酬として頼み込んでも回ってはこなかった。アイリスで使う分で手一杯らしい。
「結局、二日、三日は四人がかりでかかったよね~」
ドルチェが苦笑いをする。結局、原始的なマンパワーに頼らなければならなかった。疲労混倍だったが、疲れた後に飲む冷えた酒とドルチェが作ってくれた料理のおいしさは、いつもよりもより良いものだったような気がする。
と、玄関で物音がした。
「お、帰ってきたかな」
フィーネが反応した。
「ただいま~!今日も周囲は異常なし!天候も異常なし!明日もこのままじめじめとした曇りでしょう~!」
迎えに行こうと起き上がる前にカノンがリビングに入ってくる。
「おかえり~、カノンちゃん。おなかすいたでしょ。もうすぐごはん作り始めるからちょっと待っててね」
「おかえりカノン。とりあえず着替えてきなよ」
ドルチェとコルトがそれぞれの反応をする。
「ドルチェ、今日のご飯は何?」
「今日はね、ステーキを作ろうと思うの!よかったらカノンも手伝って?」
「手伝う手伝う!」
カノンがそのまま慣れた様子でキッチンに入る。
「でもよかったね、この食材があって」
キッチン台に並ぶ豪華な食材を見て、リーダーらしい言葉が飛び出る。
マエストロはオオガミという依頼主を自ら殺めてしまったため、マエストロは報酬を得られなくなってしまった。まだ食糧には困る段階ではないが、あまり長く続くと戦闘に使う道具が摩耗して使い物にならなくなったり、化粧品などの嗜好品がなくなったりして、彼女たちの文化的な日常生活に影響を及ぼす。
黒幕の存在の解明と物資の欠乏は、マエストロにとって早めに解決しなければならない課題となった。夕食のレパートリーが段々少なくなっていき、ついにサイドメニューに完全栄養食が並び出したその時、黒幕の候補と物資が同時にマエストロにやってきた。
オオガミの代わりにやってきた若い男がカノンの前に現れ、報酬を受け取って欲しいといってきたのである。このような報酬の受け取り方をすると大体は罠であるため警戒していたが、どうやら本気らしく、品物も調べてみるとアイリスが製作した本物のようだった。依頼を今後もしたいという提案は、快く引き受けてきたところだ。
「すごい……!お肉におさかな、新鮮な野菜まで……!これで一月は美味しい物作り放題だよ!」
食料品を持ち帰ったカノンをほかのメンバーが迎えたとき、ドルチェが大量の食料品に目を丸くしていた。これだけの量を基地に運び入れるだけでも一苦労だった。カノンたちがヴァリアントでなかったら運んでいる間に食べ物が腐ってしまっていただろう。




