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終末世界とセーラー服  作者: 四宮 式
栄光のマエストロ
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第29話 オオガミ

 一度、建物で同い年くらいの青年とすれ違った。大声でもあげられるのではないかと心配したが、青年は軽い会釈をしてどこかに行ってしまった。おそらくこの建物では見知らぬ誰かがうろついていることなど、当たり前なのだろう。

 不気味なほどに平和そのものである。オオガミの執務室の前までは血を見ることはおろか、銃弾一発撃つこともなく辿り着いてしまった。これではカノンがオオガミに依頼を貰いに行くの何も変わらない。殺気を隠しながら必死に周囲を警戒する自分たちがひたすらに滑稽だった。


「……ここなの?」


 フィーネがカノンに聞く。カノンを覗く三人は、オオガミの顔を知らない。


「うん。ここだよ」


 カノンは今、白色の簡素な扉を見つめた。オオガミはあまり贅沢を好まない。エステートの自治組織の古参として運営にも携わっている彼が望めば、もう少し自身の待遇も良くなるだろう。「もう少しいい部屋に住めばいいのに」と以前カノンが話したときは、「いいんですよ私はここで」と笑って受け流された。


「エステートの古参なら、もう少しいい部屋に住んでもいいものなんだけどね~」


 コルトも同じ感想を抱いたらしい。

 中からは人の気配がする。おそらく中はオオガミ一人だ。だれか無関係な人物を巻き込んでしまう心配もないだろう。


「じゃあ、行くよ」


 カノンが事前に決めた合図を送る。全員がフードを脱ぎ捨て動きやすいようにし、それぞれが武器を構えた。阿吽の呼吸で特に申し合わせることもなく、カノンが扉を開ける。鍵はかかっていなかった。

 オオガミは、いつもの部屋に、いつものように立っていた。そこに漂っている雰囲気はいつも通りだ。


「手を上げて。今すぐに」

「……来ると思っていたよ」


 振り向いたオオガミの手には拳銃が握られていた。コルトの目にはそれが命中率の低い旧式のものに見えた。おそらく護身用として日頃持ち歩いてはいるものの、半分以上は彼の趣味だろう。


「貴方たちがマエストロか。貴方がコルトさん、貴方がドルチェさん、そしてこの子が……フィーネさんかな」


 オオガミがそれぞれの名前を言い当てていく。


「全員正解。よくわかったね」

「君からメンバーの話は聞いていたからな」


 緊張したカノンの口ぶりに反して、オオガミはいたって冷静だ。管理区もいつも通り、この建物も

いつも通りで、オオガミもいつも通り。

 唯一、マエストロだけがそこから浮いている。彼女たちが別世界を生きているかのような場面が作り出されていた。


「煙草をポケットから出してもいいかな」


 拳銃をこちらに向けた状態のオオガミが話す。


「ダメ。ドルチェ、出してあげて」


 カノンがすぐに断った。相手は自分の二倍以上も生きているエステートの大物である。急に何をするか分からない相手に、自由にさせておく必要はない。指示に従い、ドルチェが前に出る。オオガミの言われた通りの位置を探ると、確かに煙草が入っていた。机の上に置いてあるライターに火をつけ、そのまま咥えさせてやる。煙草をふかすと、オオガミはやはりこれは旨いな、とつぶやいた。


「それにしても良く分かったな……。さすがは百戦錬磨のマエストロ、というべきか……恐ろしく想定通りだ」

「それを教える理由はないよ?アンタが教えないようにね。どうせ私たちを襲撃した理由、教えてくれないんでしょ」


 コルトの問いに対して、オオガミがそうだとうなずく。このレベルの大物になるといくら拷問したところで理由を吐くことはあり得ない。つまり、マエストロにとってこの人間を生かしておく理由はどこにもないのである。


「むしろ聞きたいのはこっちなんだけど。アンタ、私たちが来るの分かってたって言ったよね。ドルチェがその引き出しのカギを閉めることができなかったし、失敗の報は届いているはず。アンタが指示したって情報が漏れることくらいは想定済み。雲隠れする時間くらいならあったよね」


 カノンが質問を返す形となった。オオガミは相変わらずこちらに拳銃を向けている。


「仕事が忙しくてね」

「見え透いた嘘ついてんじゃないよ。だいたいそれ、セーフティがかかりっぱなしじゃない。私たちを撃つ気なんてさらさらないんでしょ」


 コルトの発言にオオガミがしばし沈黙する。そのまま拳銃を丁寧に自分の机の上に置いてなでる。


「構造識別の能力ですか。コルトさん、さすがですね」

「お褒めにあずかりどうも。とりとめがないね、アンタも」


 底が見えない、というほうが正しいだろうか。今まさに命を刈り取られようとしているはずのオオガミには、なぜか余裕のようなものが漂っている。


「知りたいの。どうせ死ぬんだから教えてくれてもいいでしょ、オオガミ」


 カノンからの問いかけにオオガミが首を振る。


「そうだな……すべてを話すことはできないけど、それでもいいかね?」

「かまわないわ」


 カノンの答えにコルトが聞く。


「アイリスの中で、君たちを殺したいと考えている勢力がいる。いままではそう思ってはいても実際に行動に移す連中はいなかったが……今回は違った。私は彼らに圧力をかけられ、そして、断ることができなかった。それだけだ」


 なるほど、とカノンがうなずいた。


「いいの。拷問しなくて」


 コルトが聞く。マエストロにとって重要なのは、具体的に誰がオオガミに圧をかけたのかということだ。しかし、カノンはその提案を断った。


「いいよ。世話になったから。そこまですることはないでしょ」

「了解」


 何か思うところがあるのだろう、とコルトは適当に解釈した。言葉は不要だ。カノンはこれまでも一人で様々な交渉をこなしてきた。オオガミについてコルトが知るところは少ないが、何かがあるのだろう。


「どうせ朽ちる身だ。君たちに一つ話しておこう。今、アイリスの動きが激しくなってきている。私もあまり知ることはできないのだが……中枢で何かが発生したらしい。イントレアは一切関係ない。人間関係だけの世界だ……何があるかわからない。そしておそらくだが、君たちにも影響するよ」


 そう。ありがと。そうカノンはそっけなくつぶやいた。


「で?最後に何かいうことはある?ここにいることを見られたら不味いからね。君には来客も多いだろうし、こっちもお尋ね者にもなりたくないからさ」


 一応聞いてあげるよ、とカノンが話しかけた。


「そうだな……殺そうとした私が言うのもなんだが……。よく生きて帰ってきた。過ぎた願いかもし

れないが、どうか生きてくれ」


 そう、ありがと。カノンが素っ気なく返した。オオガミは極めて平静な顔をしている。これからコーヒーでも飲むかのような、普段通りの顔だ。


「アンタには世話になった。マエストロも、アンタが居なければ成立していなかったかもしれない。感謝してるよ」


 カノンが最後に声をかける。


「そうか……。早くやってくれ」


 弾丸がオオガミの身体へ吸い込まれていった。カノンは、少しだけ引き金が重いと感じた。


 一時間後、オオガミの執務室で変わり果てた姿になった遺体が発見された。すぐに他殺であることが結論付けられ、エステートの自治組織内部ではオオガミを殺した者が誰なのか探すのに躍起になったが、遂にその人物が明らかになることはなかった。オオガミは管理区では英雄視されていた一面があったため、その死は大いに悲しまれた。


 死因は眉間を撃ち抜かれたことによる脳への損傷だった。ただ、オオガミの死は単なる未解決な殺人事件としてではなく、とある奇妙さがあったことから管理区に住むエステートたちの間で噂として残ることになる。


 通常、正面から銃で撃ち抜かれて死亡する場合、その顔は恐怖に満ちる。目は開いたままであり、口が大きく空いた状態で死後硬直が起こることも珍しくない。


 しかし、彼はそのような恐怖を張り付けたままの状態では発見されていなかった。むしろ穏やかで、安らかさすら感じられたという。さらに彼の遺体は部屋のソファーに仰向けで寝かされ、さらには腕が胸の中央で組まれていた。そして執務室のドアは開け放たれたままであり、まるで遺体が早く発見されるような配慮がなされているようだったらしい。この話題は噂好きな人々によってあっという間に広まり、様々な臆説が生まれたとのことである。

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