第27話 命令
そのまま、ドルチェは生気を失った状態でセンサーを渡り切った。
(多分大丈夫そうだね)
ドルチェが能力を解き、ふたたびドルチェは少女になった。センサーからは特に反応がない。それだけでは感知されないとは言い難いが、おそらく大丈夫だろう。ドルチェは体温をほとんど外気温と同じ状態に下げてセンサーを通り抜けた。外気温は15度そこそこといったところである。その状態でなぜ動くことができるのかという疑問が浮かぶが……その理由は本人にもわかってない。ヴァリアントには謎が多いのだ。
センサーを抜けたのちもドルチェは警戒したままだったが、そのまま進んでも特に監視カメラやセンサーといったものは見受けられなかった。テクノロジーによって支えられているアイリスとは異なり、何から何まで全て前時代の遺産でできているエステートは入り口にセンサーを付けるのがやっとなのかもしれない。いくら辺りを束ねるオオガミといえども、限界があるのだろう。それにオオガミは人望ある人物だとドルチェは聞いている。センサーなど本来不要なのかもしれない。
執務室までの道のりはカノンに聞いている。もともと雑居ビルだったのだろう。規則正しく廊下にドアが並ぶ光景は、深夜だと少し不気味さを纏う。ドルチェは夜番の一人くらいはいるかもしれないと思っていたが、それも特にないようだった。
オオガミの執務室は、二階の一番奥の部屋にあった。
「鍵がかかってる……」
これまでの警備が甘いとはいえ、さすがにカギはかかっていたようだ。カギは極めて旧式のアナログタイプだ。
「仕方ないね。慣れないけど、やってみるしかないか」
旧式のカギを愛用する者は非常に多い。最新式のセンサーキーはハッキングのリスクを常に抱えているし、生態認証もあまり裏社会においては信用されていない。指紋認証が必要なら殺して手を切り取れば良い、という論理がまかり通っている世の中である。
ましてやオオガミはエステートだ。センサーキーを導入するほどの贅沢はできないのであろう。
「コルトちゃんに教えてもらったもんね。これでうまくいくといいけれど」
ドルチェが取り出したのが小型の入れ物だ。中には少し複雑な形状をした鉄製の棒が何本も入っている。ピッキング技術はコルトに教わった。コルトは能力で鍵の構造も分かってしまうが、ドルチェにそのような能力はない。指先の微細な感覚だけで鍵を開けられるようになるまで、かなりの時間がかかった。
「えっと……上手くいくかな……。」
ここから先は時間との勝負だ。朝が来たら、すぐに逃げなければならない。それまでオオガミの執務室の中から、マエストロに関する資料を探すのである。
緊張は複雑かつ繊細な作業を行うには最大の大敵となる。何度も深呼吸を繰り返した。いつもの狙撃では全く動じないのに、こういう作業は焦りが生まれてしまう。
結局、20分を費やしてしまった。
「やっと開けられた……」
素直な安堵の声が漏れる。エステートたちにとって鍵というものを使うことはほとんどない。鍵に入れてわざわざ隠すようなものがないからである。ドルチェも管理区内で鍵穴を見かけたこと自体がほとんどないから、慣れないのも無理はないだろう。コルトの元で練習したときは、彼女がどこからともなく持ってきた金庫や南京錠が相手だった。10個程度だったと思うが、それでもドルチェが今までにみた鍵の数より多かった。
オオガミの部屋は質素な作りだった。カノンに言われた通り、オオガミが座っているという机が奥に配置されていたためそこへ向かう。
「えっと、素直にこの辺から探ればいいかな?」
オオガミの机の下には引き出しが数か所ある。その引き出しを上から順番にがしゃがしゃとやってみるが、どれも反応がない。ふと見ると引き出しの最上段に鍵穴がある。どうやらの鍵穴が全ての棚と連動しているようだ。またピッキングかぁ。とため息をつき、手元の小箱を取り出した。
今度は上手くいったらしい。ものの数分でピッキングは成功し、かちゃりという音ととも引き出しが緩んだ。
「なにかあるといいけど……」
中には整然と揃えられた書類や文房具が並び、几帳面なオオガミの性格をうかがわせた。ひとまず一段目から探ることにしたが、事務的な書類ばかりで特になにも見当たることはない。完全栄養食の分配指示やアイリスへの支援要請等、その中身はオオガミが行っていると公言しているものばかりだった。
「なにもないなぁ……」
目的のものはおろか、マエストロの文字すら見つからない。おそらくオオガミが普段マエストロに依頼している様々な仕事は、公のものとしては認定されていないものなのかもしれない。となると今回のマエストロの殺害命令も口頭だけで発せられた可能性がある。
(……。)
ドルチェは事務的に二段目、三段目と作業棚を探っていくことにした。
一番下の棚を開いたときに出迎えたのは、書類ではなかった。
「……金庫?」
これが一番怪しいと踏んだカノンが、早速ピッキングに取り掛かる。金庫もダイヤル式ではなく、鍵穴がついているタイプのものだった。




