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終末世界とセーラー服  作者: 四宮 式
栄光のマエストロ
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第23話 完全栄養食

 カノンが起きてきたとき、フィーネは見張り番だった。ドルチェと交代しようとねぐらに戻ってきたとき、フィーネが見たものはドルチェに膝枕をしてひたすら甘やかしているカノンの姿だった。


「あれ?カノン!起きてたんだ、大丈夫⁉」


 そういう彼女は少しだけ慌てているように感じた。


「うん。大丈夫だよ。大丈夫」


 カノンがあっけらかんとしてみせる。


「いやあ、でも今回のは参ったね、ほんとに。私あの男のこと、全然わからなかったよ」


 カノンが話しているのは、襲撃の直前に話していた男のことだ。普通、裏切りの意思を持つ人間をカノンはある程度本能的に嗅ぎ分けることができる。なぜか怪しいという無根拠なものがほとんどだったが、どういうわけか彼女はこのカンをあてていた。 

 ところが今回に限り、それがなかった。相手は相当のやり手だったらしい。

 カノンは少しずつ、確実に元気になっていった。一番ダメージが大きいのがカノンだったが、ほかのメンバーも相応に疲れていた。それでも徐々に力を取り戻していく感覚は、一日中外に出ずにゆっくりしていれば必然的にそうなる。

 それで時間が空くと、折角だから楽しいことをしようという気持ちになってくるものだ。


「そういえばさ、まだこの建物の周り見てないでしょ?せっかくだから色々見てみようよ!」


 カノンの提案に3人とも異議はなかった。料理もなければ、遊び道具もない。贅沢な基地と比べると、この場所はあまりにもエンターテイメントがなさすぎる。早く基地に帰りたかったが、もう少しみんなの調子が回復してからの方がよいだろうということになった。


「栄養食ばかりも飽きてきたしさ!探しに行こうよ!何かあるかもしれないよ」


 不味いことで有名な完全栄養食だが、良いことが一つだけある。科学的に計算された人間に必要な栄養素が全て揃った食べ物であるため、傷ついたり疲れたりした身体にとっては良い薬になる。

 基地で暮らしていると、時折誰かが体調を崩すこともある。そんな時にドルチェが可愛らしい笑顔で渡すのが完全栄養食だ。体調を崩した場合の大体の原因は、どこかしらの栄養素が足りていないことが多いらしい。一人が考えた料理では人間の体調を整えることはできないのである。


「その代わり心が荒むのよね」


 カノンが栄養食のブロックをつまんで、眺めながら呟いた。食事をさせる気があるのかと思わせるほど色味が悪い。そして味はぼそぼそとした感触である。


(小麦粉を水で溶かして焼かずに固め直したような触感だね)


 コルトが以前、そのように評していた。無論、エステートは食べ物と言えばこれしか知らない。これを開発した人間はコストカットのことばかりを考えて、他人の心を考えていないに違いない。

ところが、マエストロはアイリスの人間と比べても劣らないほど舌が肥えている。


「おぇええええ」


 大げさにコルトが栄養食を口に含んだ反応をしている。声こそ出さないものの、隣で見ているドルチェも似たような感情だった。こんなもの、食べていられない。多少栄養が整っていなくとも、身体が美味しいと感じるものを食べたいのだ。


「こう毎日、続くとね」


 普段はまじめなフィーネも今回ばかりは参っている。何しろ、最後にまともな料理を食べたのは出発の日にドルチェが作ったサンドイッチなのである。


「ああ……早く基地に帰って料理が食べたいなぁ……。ピザとかさ。」

「コルト!なんでそれを今言うのさ!」


 記憶を引きずり出されたカノンが騒いでいる。この状況でその台詞を出すことは一種の災害のようなものだ。


「ああ~もう食べたくなっちゃったじゃん~。私もカルパッチョとか食べたい~。それでいい感じのワインをグッとさ」

「カノンちゃん、ダメ!」


 悲鳴にも似た声を上げてドルチェが止めた。もう遅く、全員の脳みそがかつての食事風景を思い出させるには充分だ。


「あ~。もうだめ。こんなの食べられない」


 コルトがついに栄養食を投げ出した。マエストロが旅に出てから一週間になる。その間の食事は全て無味無臭のボロボロした固形物だ。動物肉とも植物とも違う、人工的な何かとしか思えないそれは、食すものに無感動と虚しさと絶望を与える。それでも時間が来れば腹が減ってしまうというのがなお悲しい。


「これを昔は毎日何の疑問も抱かずに食べてたんだよね……」


 ドルチェが固形物を見つめてしみじみとつぶやいた。マエストロ結成前、フィーネ以外の三人はエステートとして管理区内で暮らしていた。食事という娯楽そのものを知らなかったから、固形物の毎日にさほどの感情のゆらぎも生じなかった。


「まったく、信じられないよね」


 カノンが続けた。そんな当たり前の日常が崩れたのは、マエストロとして活動を始めた後だった。慣れない間は何度も命の危険に身を晒したが、報酬として食材を貰った時は驚いた。


「あれ、最初に言い出したの、フィーネだっけ」


 最初に提案したのはフィーネだった。アイリス出身の彼女は、栄養食だけの毎日が耐えられなかったのだ。最初はいぶかしげだったほかのメンバーも、フィーネが作り出した料理を食べて、すべてが変わった。


「びっくりしたよ、あれは」


 カノンが懐かしんだ。


「知らなかった。食べ物に味がある、だなんてさ。フィーネの料理は今考えるとそんなに美味しいってものじゃなかったような気がするけど」


 ちょっと、とフィーネが顔を膨らませる。ごめんごめん、と冗談めかしてカノンが謝った。


「それでも、美味しかったよ。それ以来、いろんなものを依頼の報酬に頼むようになったんだよね。料理も少しずつみんなで覚えていって。あの時作ってくれた目玉焼き、まだ覚えてるよ」


 照れくさそうにフィーネが笑った。アイリスで幼少期を過ごしたフィーネは、料理をある程度知っていた。自分で作ったことはほとんどなかったからフィーネが作れたのは生卵を割って焼いて塩コショウを振るだけの単純なものだったけど、それでも他のメンバーは喜んでくれた。


「ちゃんと目玉にできたの、一つしかなかったけどね」


 思い出しながら言う。あの頃は卵一つ割れなかった。

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