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終末世界とセーラー服  作者: 四宮 式
栄光のマエストロ
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第22話 曇天の夜

「頑張りすぎだよ、カノンちゃん」


 それを見送ったドルチェは思わずそう言いたかったが、口に出すことはできなかった。身体が活性化したヴァリアントは壁越し一枚程度の話声など全て聞けてしまう。それだけの理由でコルト、ドルチェ、フィーネは、カノンについてこれ以上話題をすることが許されなかった。


「じゃ、今日の見張りは私がやるよ」


 見張りは、フィーネが買って出た。コルトとドルチェが後衛とは言え、重たい機材を持ちながらの撤退は応えている。一番力が余っているのは自分だろうと、フィーネが考えたからだ。コルトとフィーネもそれに応じ、その日の夜はすぐに各々解散ということになった。まともなベッドなどあるはずもない。全員がコンクリートの冷たい床の下で夜を過ごす。

 3人が横になったあと、フィーネは屋上に出た。小高い山の上に立つこの廃墟からあたりを見渡すと、どこもかしこもコンクリートの残骸だらけで見栄えがしなかった。基地に帰りたかった。あそこのほうが森があって見た目が良いと思った。

 しかし星空だけは相変わらず輝いている。東の方角でイントレアの群れが列になってうごめいている。少し前に戦っていた化け物は、遠くから見るとまるで別の生き物のように見える。


「……」


 夜空は不愉快なほどどんよりとしている。夜でもわかるほど空の厚い雲はいつも通り、地球がおかしくなってしまったことの表れだ。。そのくせ星屑は飽きるほどちりばめられている。。星々は綺麗だなとは思うが、昔の夜空はもっと高かったらしい。マエストロで前に行った山登りで見た星空は、いつもの空よりは輝いていなかったけれど、そっちのほうが柔らかくて良いと思った。あれを毎日見ている過去の人たちは、きっと自分なんかよりもずっと、ずっと豊かな心を持っていたのだろうなとフィーネは考える。

 山の頂上でドルチェが即席のスープを作ってみんなで飲んだ。カノンと二人で並んで、頂上の岩場に腰かけて、ずっと星を眺めていた。


 カノンは今、みんなを守って、疲れ果てて寝ている。咄嗟の判断で仲間をかばい、瀕死に追い込まれた彼女。自分がカノンの立場だったら、あんな行動を取ることができたのだろうか。


「ねえ、教えてよ」


 誰かが自分の脳みその中身も内臓も全て理解していて、理想的な回答を教えてくれたらどんなに楽だろう。そうでなくても誰か自分の意見を言ってくれたら、どんなに助かるだろう。いつもフィーネの疑問に答えてくれた紅い髪の少女は、今は隣にはいない。基地の近くの高台と同じような空のくせに、一番大事なピースが欠けている。


 寝てしまいたいと思った。寝れば、すべてを忘れることができる。時を加速させることができる。でもそれだけはしてはならない。弱ったカノンを今守ることができるのは文字通り自分自身だけなのだとフィーネは言い聞かせた。


 夜が明けて、フィーネが3人の居場所に戻ると、コルトが既に起きていた。明け方まで起きていたフィーネに朝日などという贅沢は訪れない。雲は相変わらずどんよりと空を覆っており、空には飛行型のイントレアが一体、二体雲の合間を漂っているのが見える。


「おはよう。朝までお疲れ様。じゃあここからは私が交代するから、フィーネは寝ておいで」

「ありがとう」


 正直、前日に激しい運動をして徹夜をするのはかなり辛いものがあったが、こうして礼を言われると達成感を感じることができる。


「ドルチェが起きてきたら、朝食を食べよう」

「そっか。予備の食糧は全部ドルチェが持ってるもんね」


 ドルチェ以外の3人が持っている携帯食料はその場をしのげるように必要最低限しか持ち合わせていない。残りは全部ドルチェが持っているはずだ。道中に食べてきたサンドイッチが懐かしい。フィーネは自分のリュックサックを開いた。携帯食料として持ってきた完全栄養食の小袋が数個収められていた。戦闘用に圧縮された完全栄養食は、かつて食糧不足に陥っていた人類を救う一品だという。何でも数十種類もの微生物や合成物質を混ぜて作ってあるらしいが、味は完全に度外視されている。いつもであれば一、二週間の行軍などは楽なものだが、今日ばかりはドルチェが基地で作る料理が懐かしい。


 ほとんど意識は闇に落ちかけているが、最後にカノンの様子を見に行かなければと思い、奥の部屋へと向かった。建物の間を風が吹き抜ける音がやけに大きく感じる。

 カノンは自分の上着を毛布して、リュックサックを枕に床に就いていた。横でドルチェがすうすうと可愛らしい寝息を立てている。

 昨日寝てから9時間は経過している。にもかかわらず寝続けているカノンを見ていると、相当疲れているんだろうなと思わざるを得ない。

 

 結局、カノンは昼頃になってようやく起きてきた。


「おはよ……ごめんね~、けっこうねちゃったや」


 そういうカノンの傷はほとんど治っていた。ヴァリアントの再生能力は非常に特筆すべきものがある。一晩寝ている間にかすった銃弾の傷は少し痕を残す程度で残されているが、これも数日で消えてしまうだろう。


「おはよ~。カノンちゃん、大丈夫だった?心配したんだよ~」


 ドルチェが早速カノンに抱き着いている。それを見ながらカノンが大丈夫大丈夫、といいながら頭

をなでている。


「こらこらドルチェ。カノンはまだ疲れてるかもしれないでしょ。そんなに甘えなさんな」


 コルトが軽くたしなめた。あ、ごめん大丈夫?とドルチェが慌てて離れる。


「大丈夫大丈夫。むしろ癒されるよ~。かわいいなぁドルチェは」


 と言いながら今度はカノンがドルチェに抱き着いている。素直なもので、こうされると素直に喜ぶのが彼女だ。


「えへへ~」

「ほら、コルトも」

「え?私も?」


 コルトに言われてコルトが驚く。


「たまにはいいじゃん。ね?」

「……まあ、たまにはいいけどさ」


 ぎこちない表情でコルトが応じた。

 少しだけカノンはまだ、回復が必要らしい。

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