第20話 喜劇
「しらない……しらない……」
「時間はたっぷりあるわよ。追っ手はもういないし、指はあと八本あるし。片手全部つぶしても生きてるだろうしね。あ、意識を飛ばしてもちゃんと起こしてあげるから安心して。」
「やめろ!やめてくれ!」
「そんなこと言ったって、アンタは私たちを殺そうとしたでしょ。アンタたしか、ドルチェに銃口を向けてたじゃない。殺すつもりで。で、次は自分の番になっただけ。ごく自然な話でしょう?なんで、これで私が文句言われなきゃいけないのよ」
言葉に凄味がある。
「さってと……もう一回行くわよ!」
「だから知らない!俺は知らないんだって!」
「別に何も明確に知ってなくてもいいのよ。あんた、指揮官と一緒にいる時間があったでしょ。その時の断片でもいいから、何か思い出しなさい」
つまらないようにコルトが吐き捨て、再び金槌を構える。
「ったく……。もったいないでしょうが。ハンマーが。これ、掃除するのも大変なのよ?」
仕事用なんだから使いたくないのに、とコルトはそう付け加えた。仕事と言えば、これは一種の汚れ仕事ともいえる。そのまま大きく振りかぶる。手には神経がよく走って痛みを感じやすい一方、急所からは外れているから痛みは大きい。それに男の視界の中でそれを行うことで、更なる恐怖感を呼び起こすことができる。
それを見せつけられる虜囚は、必死に頭で記憶をたどる。
「あ……そうだ!そう、そう。アイツが言ってた!言ってたよ!」
振り上げたハンマーをコルトがぴたりと止めた。
「アイツって誰?」
「お前の仲間の、短髪の女と話してたあの胡散臭い男だよ!俺はアイツの名前は知らないし目的もしらない。ただ女四人のヴァリアントを殺せって言われただけだ。ただ俺は短髪の女が男に会いに行くとき、言ってたのを聞いたんだ。……オオガミは、うまくやったようですねって。」
「……え?」
男の叫び声を聞いたコルトの頭が一瞬、真っ白になった。オオガミといえば、今回の依頼をマエストロにした張本人ではないか。
「ほんとうだ。あの男は確かにそういった。間違いない」
口から出まかせにしては、あまりにも具体名が過ぎる。そう判断したコルトは、もうこの男に聞くことはないだろうと思った。これは嘘ではない。本当に思い出した内容だろう。
そろそろ、くだらない喜劇もここまでにする頃だ。
だってさ、カノン。そう大声を上に向かってあげると、カノンがゆっくり足音を立てて階段を降りてきた。姿がやけに似合っている。
「コルト、お疲れ様。あとは私が変わるよ」
「ん」
コルトはとくに何も言わず、カノンにハンマーとライターを渡すと場所を譲った。血の滴るハンマーをカノンが振り払う。
「オオガミっていったんだ」
「ああそうだ!オオガミ、あいつは確かにオオガミと言った!どうだわかっただろう!だから俺を早くここから出してくれ!どうせ俺が逃げ帰ったところで、お前らの場所は俺にはわからないだろ?」
男が早口にまくしたてる。潰れた二本の指もコルトがしっかりと止血したため、痛みも和らぎつつあるだろう。
しかし、カノンは哀れみを込めた視線で男を見つめ続けている。
「うん。ありがと。助かったよ。でも残念だけど、ここでアンタを生かしといたら私たちがどうなるか分からないから。これでお別れね。」
驚愕に全身を震わせる男に構わず、カノンは続ける。
「なんでだよ⁉だから俺が逃げてもお前らの場所はわからないだろ⁉」
「場所はわからないかもしれないけど、恨みは残るからね。こういうのは絶対、物理的に跡形もなく消すことにしているんだ」
そういうとカノンは手に持ったハンマーとライターを使わずにすんだよ、ありがとうといって渡した。代わりにポケットの中からピストルを取り出す。喚き散らす男の声はもう、彼女の耳には届かない。
「おい、どうしてだよ⁉なぜ殺すんだよ⁉」
男は、いまさらながらに後悔した。どこかで目の前の化け物を10代の女だと思って油断した。これで解放されると信じ込んでいた。どこで間違えたのだろう。部隊の仲間は既に全員あの世行きだろう。そして自分だけが生き残ってしまった。いや、そもそもなぜ自分はこんな作戦などに従事したのだろう。そもそもなぜ戦闘部隊などに入ったのだろうか。全部やめて、適当に暮らしていればよかった。すべて、すべてをこの少女たちに破壊された。
「……化け物め」
そう捨て台詞を吐くのが男の精いっぱいだった。
「さよなら。じゃあね」
カノンは躊躇なく引き金を引いた。瞬間、男は少女の光る眼が、少しだけゆらいだのを見たような気がした。




