第15話 逆襲
「大丈夫。落ち着いて。ゆっくり、深呼吸してみて」
ドルチェが顔を上げると、コルトがドルチェのすぐ後ろにいた。
「私に合わせて、吸って……吐いて……吸って……」
特に返事をすることもなく、ドルチェは指示に従う。深呼吸というよりは、コルトが後ろにいるということの安心感があった。
「いいね。心臓が落ち着いてきた。もう少し吸って……吐いて……」
ドルチェは無心でコルトの指示に従った。背中で聞こえる彼女の吐息に合わせて、胸骨を上下させる。
「このままのほうがいい?」
「うん」
後ろに落ち着きがあったほうがいい。そのほうが、安心することができる。一人で銃を撃っているのではないのだ。
不安は、不思議となかった。銃を再び構え、スコープを除く。
まずは左、続けて右。轟音と二回の反動がドルチェとその後ろにいるコルトの全身を駆け巡った。
手ごたえはあった。発砲し終わってから数秒後、目視で確認をすると撃たれてぐったりとしているスナイパーを二人、確認することができた。本来人間相手につかうものではない、大口径のスナイパーライフルだ。即死だっただろう。
(あたった……)
全身から力が抜け、体重をコルトに預ける。そのままコルトが頭を撫でてくれるのを、わずかなくすぐったさを感じながら受け取った。
「コルトちゃん」
「ん?どうした?」
「ありがと」
少しだけコルトが照れる仕草を見せた。
「スナイパーを無力化したよ。これでもう私たちも動けるよ、カノンちゃん」
カノンがドルチェからの報を受け取った際に見せた感情は、このうえない全身で表現されたものだった。
「すごいよドルチェ!じゃあ二人はフリーで動ける感じ?」
「うん。コルトちゃんも私も、火力支援に移れるよ。弾薬はわずかしかないけど、十分だね」
「もちろん!じゃあ次はこっちから動く番だね。こんなビルにいてもしょうがないから、全員ぶっ倒すよ!」
カノンの指示に、隣のフィーネと無線機越しのドルチェ、コルトがうなずく。
相手の動きは組織だったものではあるが、所詮はヴァリアントではない、普通の一般人である。常人ならざる速度で動けるフィーネとカノンにとっては雑兵に過ぎない。
しかし、問題はその数と連携、そして遠くから睨んでいるスナイパーだった。この要素が加わることで、一気に攻略は難しいものとなる。ある程度は避けられるとしても、常に誰か氏らの銃が向いた状態で戦うことは博打を撃つようなものだ。それに、コルトとドルチェは戦力としてカウントできなくなる。
「コルト、じゃあ一気にやっちゃって!フィーネ、音と一緒に突っ込むよ!」
しかし、ここからスナイパーが排除されたことによってコルトとドルチェが自由に動け、なおかつフィーネとカノンは戦いやすくなった。立場は逆転したといっていい。
「りょうかい!任せて!敵はどの辺にいる?」
「どこにでも。だからね、とりあえずビルの四隅に雑にうちこんじゃっておっけ!」
あまりにも雑な指示だったが、そんなことは問題ない。コルトは笑顔で承諾すると、ロケット弾の装填を始めた。ロケット弾という代物はドルチェの狙撃のようにピンポイントを確実に破壊するためのものではない。大きな的に適当に打ち込むためにあるとコルトは思っている。
そして幸い、下にはたくさんの兵がいる。
「さ!お返ししてあげようか!」
そうしてコルトは何のためらいもなく窓から身を乗り出すと、引き金にかかる指に力をかけた。
大雑把な手つきで放たれたロケット弾が派手に目立った音を立てて飛んでいく。落下速度も加わって通常より早くなっているはずだが、それが襲撃する隊員たちにはやけにゆっくりに見えた。
しかし、それを避ける時間はない。身に纏っている防護服は機動性と耐性に優れたアイリス自慢の一品だが、そんな小手先の技術ではどうにもならない火力だということは一目見ればわかる。
神に祈る時間もない。派手な光と爆音が隊員を襲った。
「……ひゅ~!近くで聞くとぞくぞくするねぇ……こっちも巻き添えにされそうだよ」
カノンが額に汗を浮かべながらこぼした。この汗は熱によるものだけではないだろう。
辺りに生えた草がめらめらと燃える中、隊員たちの悲鳴が聞こえる。
「こうすればやりやすいよね……コルトもえげつないな」
フィーネが同調した。コルトがやったことは、ビルを囲むようにして展開している敵兵力の上から、少しだけ外側に弾を順番に打ち込むという事である。そうすれば、爆風を避けたい相手はカノンたちがいるビルに入ってこざるを得なくなる。
「さすがに罪悪感があるよね」
そう言いながら、全身を火だるまにして声にならない悲鳴を上げてビルの中に逃げてくる相手をフィーネが撃っている。
「火力は適切にだよ、フィーネ。それにはやくとどめを刺してあげたほうが相手も楽になるからね~」
カノンが涼しい顔をして返した。確かに、コルトの爆風を受けて全身の皮膚に鉄片が刺さり、死ぬに死ねないのに放っておかれるよりはましかもしれない。
この一連の流れで、おそらく敵の数は半分は減っただろう。一般的な組織戦闘の場合、考え方にもよるが、数割の戦力が失われた場合は全滅として扱われるという。5割という兵力を失った敵に、もはや統率の取れた戦闘能力は残されていない。
ここから先は、一方的な虐殺だった。ヴァリアントであるカノンとフィーネは、多少の炎の中を進んでも身体に影響がない。地の利すらも作り出したマエストロが、一方的に蹂躙していった。その内容は特に書くべきことがないほどである。上階から下りてきたコルトとドルチェもこれに合流し、倒れた敵の生死の確認を行い、まだ息がある相手にはとどめを刺していった。




