第14話 引き金
数分ほど前のことである。
屋上へと言われたコルトとドルチェだったが、咄嗟の判断で最上階へ登る場所を変えた。屋上はあまりにも開放的すぎるからである。先ほど狙ってきたスナイパーはおそらく、どこかからマエストロを狙っているに違いない。
「う~ん……どうしたもんかな……」
下の階から聞こえる人間の足音を聞きながらコルトがつぶやいた。
「下すぎるから動けないよね……」
窓から身を乗り出してロケット弾を上から打ち込むことはできる。しかし、そんな目立つことをしてしまえば狙撃の格好の的となるだろう。脳天が涼しくなって、そのままあの世行きだ。
「相手のスナイパーが分かればいいんだけどね……」
ドルチェのヴァリアントとしての能力の一つに、遠方を視るというものがある。望遠鏡のように遠くを拡大して見ることのできる彼女の能力は、索敵に向いている。しかし、代償として拡大に応じて視野が狭まるというものがある。そのため、「どこにいるかわからない」敵を探すのには不便だ。ましてや今回の場合、相手はドルチェと同じ種類の武器を構えてこちらをにらんでいるのである。不利なのはこちらのほうだ。
「せめて大まかな場所が分かればいいんだけどね……」
窓からを恐る恐る確認すると、立てこもっている建物の周りには七棟ほどの建物がある。外は曇っているから金属の反射光はない。
「どうする?下に連絡しようか?」
「気が散るかもしれない。やめておこう」
ドルチェの提案をコルトが断った。下で何が展開されているかわからない以上、下手な干渉は二人の命を奪う結果になるリスクがある。それは例え味方の声であっても同じだ。一瞬の志向の隙間も許されてはならない状況かもしれない中、連絡するのは愚策である。
そして待つことになった二人だが、動くより待つことのほうが精神的な負担が激しい。
「待つとは言ったものの、大丈夫かな……包囲されている状況の中で、二人だけで」
コルトが沈黙に耐え切れず、思わず本音を漏らす。ドルチェも気持ちは似たようなものだった。たくさんの経験を積んだマエストロだったが、ここまで追い詰められることは珍しいのだ。
しかし、そんな不安は向こうから解消してくれた。ピピ、と音を立てた。カノンからの連絡だ。
「ドルチェ、聞こえる⁉相手のスナイパーを二枚撃ちぬいて。一枚が10時の方向、もう一枚が2時の方向!」
聞こえた声に、まず安堵した。おそらく5分も経過していないはずだが、これほど長いと思った時間はない。
「了解、任せて、カノンちゃん。」
コルトとドルチェが準備を始める。ここからは、マエストロの後衛の出番だ。カノンに言われた通り10時と2時の方向にいると思われる敵スナイパーを探す。
「二枚だけだったら、何とかなるよね。コルトちゃん、これ持っておいてくれる?」
いつでも打てるようにスナイパーライフルをドルチェは持ってもらう。そしてリュックサックから小瓶を取り出した。小瓶の中には錠剤が入っている。
「少し急がなきゃ。これ使うけど、今なら仕方がないよね」
コルトが少しだけ嫌な顔をしたが、すぐにうん、とうなずいた。錠剤を取りだして嚙み砕き、飲み込む。水を使う余裕はない。
ヴァリアントが目にリングを帯びることによって発現する様々な能力は、どのようなエネルギーによるものなのかは長年、議論の対象となってきた。当初は脳と密接に神経で接続されている眼に何かしらの原因があるのではないかとされていたが、何も見つけることができなかった。
この疑問はあるブレイクスルーによって一挙に解決されることになる。一人のヴァリアントが移動中に、イントレアに襲われた。そのイントレアは捕食こそしないもののイントキシンを多量に散布する性質のあるタイプで、高濃度の毒を全身に浴びるきっかけとなってしまった。本人は死を覚悟したとのことである。ところが、ヴァリアントの身に訪れたのは毒による呼吸困難でも痙攣でもない、高揚感だった。
つまり、ヴァリアントが使う能力が必要とするエネルギー源は、体内に累積したイントキシンなのである。
これを逆手に取ったのが今、ドルチェが今飲み込んだ錠剤だ。中には高濃度のイントキシンが詰め込まれている。これを使えば、一時的に能力を……通常とは比較にならない程度にまで引き上げることができる。
「……よし!」
効果はすぐに表れる。ふるふるっと身震いをした。エネルギーが全身に染み渡っていくのを感じる。
「えっと、10時の方向と2時の方向だよね。コルトちゃん、周りをお願いね」
ぎゅっと視界が狭まっていく。おそらく視野は数度くらいだろう。まずは、10時の方向にある廃ビルだ。そのまま舐めるようにビルの隅から隅までを見渡していく。
(もちろん目立だない恰好をしているだろうけど、くまなく探されるとは思っていないよね)
怪しいものがあればぎゅっと絞る。倍率を上げるようで便利なものだと、自分の身体ながらドルチェは思う。派手な戦闘には向かないものの、立派に能力の一つとして成立している。
違和感はすぐに見つかった。黒に塗られたスナイパーライフルを構えている男が最上階から一つ下の階に陣取っているようだ。銃口はビルの上ではなく下、つまりカノンとフィーネを狙い続けているようだ。これなら、ドルチェとコルトが見つかる心配はない。
そのまま2時の方向のビルにも目を向けた。
(大体こういうのって、教えられた通りのことしかしないんだよね)
同じ部隊のメンバーだ。同じ訓練を積まれているため、狙撃場所として陣取るところにも傾向があるだろう。予感はすぐに的中する。2時の方向でも、スナイパーは最上階の下の階で、カノンとフィーネを狙っていた。
「二組とも見つけた。コルトちゃん、銃をくれる?」
言葉に応じたコルトの反応は素早い。
「はいよ!」
受け取ったライフルを、ドルチェは素早く構える。本来であれば反動を軽減するために伏せて構えたいところだが、窓の高さがあるため残念ながらできない。仕方がないので銃座を窓の向こう側に引っかけた。
「当てにくいけど……やるしかないよね」
決意は一瞬だ。遊底を操作し、スコープをのぞき込む。コルトがしっかりと整備してくれた銃は、イントレアと対峙した際に検証済みだ。今回の銃は、スコープの通りにまっすぐ飛ぶ。
少しだけ、手が震えた。
(ここで確実に二人撃たないと)
緊張が襲う。手の震えが銃に伝わり、狙いが定まらなくなる。
(落ち着いて、落ち着いて……落ち着かないと)
心を安定させようとすればするほど、手の震えが止まらなくなる。しまいには呼吸が荒くなりだした。一人だけを撃つのではなく、連続して二人を撃たなければ成功にはならない。今までに経験したことのない状況と失敗に対する恐怖がドルチェを困惑させる。
(どうしよう、どうしよう。早くしないと見つかっちゃう)
ふと、ドルチェの身体を温かいものが包んだ。




