第11話 爆発と炎
「やったかな?」
ドルチェが不吉なことを言う。
「そんなこと言うと良くないことが起こるよ。ほら、まだ動いてる。微妙に芯を外していたみたいだね~」
標的は炎上しつつも、弦をうねうねと動かしている。生物としての生存本能が、イントレアに力を与える。どうやら、一撃で仕留めることはできなかったらしい。
「想定より固いね。ごめんカノン、フィーネ。あたしたちが次弾を装填するまでの間、何とか維持してもらってもいい?」
「りょーかい!任せて!」
「うん、行ってくる」
それに呼応して二人が嫌がりもせずにうなずく。高台の廃墟から二つの影が飛び出し、高速でイントレアへと近づいていった。
大穴を胴体に空けたイントレアだが、そこから伸びた数多くの弦は未だに健在だ。それぞれが地面に擦り付けたり、川に浸したりして消火を試みている。この程度で化け物が死ぬわけがない。
それを見ながら、イントレアの懐にカノンとフィーネが飛び込んだ。少々炎上した程度でイントレアは死なない。一件丸焦げになるように燃やされたとしても、芯が生きていれば必ず息を吹き返す。イントレアは既にコルトとドルチェの居場所を突き止めているだろう。
「さ、いくよフィーネ!」
カノンの掛け声に対するフィーネの返事は無言だが、口角が少しだけ緩むのを確認することができる。
イントレアはまだ身体を半分地中にうずめたままだが、それでもカノンとフィーネに比べると三倍は高さを持っている。それがロケット弾に埋め込まれた着火剤と一緒になって燃えているのだからものすごい熱気だ。大きなリンゴのような形をした本体の上部から、たくさんの弦が伸びて動いている。
「化け物が燃えているのを見るのはいつだって気分がいいね!畳みかけるよ!」
カノンがそう話すと同時に光彩のリングを強く光らせた。周囲にまき散らされた炎と同じ、深紅の瞳。
カノンが持つ能力はマエストロの面々が持つ能力とは少しだけ異なる。身体能力の多少の強化があるが、それはフィーネには及ばない。カノンが持つ能力は周りのヴァリアントに対してのみ行われる。だから、この場合は近くにいるフィーネだ。自分よりも何倍も巨大な敵と遭遇すれば、人類は自然と恐怖を抱く。これを精神力のみでカバーすることはほとんど不可能に近い。
しかし、カノンはその恐怖心をある程度抑制し、チームを鼓舞することができる。そのため、マエストロのメンバーは戦闘中の要因からパニック状態になってしまうというリスクを背負わずに、戦闘をすることができるのである。
カノンの能力を受け取って、少しだけフィーネの動きが楽になった。
「胴体を狙って!あの中に火を通せばかなり動きが止まると思うよ!」
「わかった」
カノンの掛け声に応じてフィーネが駆ける。前線を担当するカノンとフィーネは、イントレアに致命傷を与えることのできる武器を一切持ち合わせていない。しかし局所的に集中攻撃を加えることで体力を奪うことはできる。
最初の飽和攻撃でリロードが必要になったコルトとフィーネは、おそらく長く見積もって5分程度要するだろう。
「コイツ、小さい割には手ごわいわね」
「きっとここを通った人を何人も食べてきたんだろうね。肉を食らったイントレアは良く育つから」
「カノン、無理しないでね。まだ道中なんだから」
「わかってるって」
軽口を叩きあいながら二人は散開と集合を繰り替えす。二人に絶え間なく降り注ぐ弦は隙が無いようにも見えるが、彼女たちはそれを一本一本、丁寧にかわしていく。
「ほいっと♪」
先に手を打ったのはカノンだった。ショルダーバッグから取り出した手榴弾を、先ほどドルチェが空けた穴に放り込む。数秒の時を経て爆発音が轟き、一瞬、化物の弦がたじろいだ。
「やっぱりそこは効くみたいだね。フィーネ、今の見てた?」
「うん」
フィーネがそこにアサルトライフルの弾丸を叩きこんでいく。弾が何発も貫いたイントレアの表面から黒い煙が出ている。巨体にアサルトライフルの銃弾を撃ち込んでいる光景は後ろの方から見るとなんとも頼りない。しかしイントレアはそれでもたじろいでいる。イントレアに痛覚があるかもしれないという説があるのだ。
「でもやっぱり、これじゃ倒せないか」
フィーネが呟いた。見えているだけで高さ3メートル、厚さも数メートルあるイントレアの丈夫な身体は、銃弾が貫通した程度では怯ませることはできるが致命傷を与えることができるわけではない。しかも人間と違って生命活動が内臓のように集約されているわけではないから、一か所を欠損させても残りの部分で活動を行うのである。
「コルト、まだ~?」
無線でカノンがコルトに不躾に尋ねる。
「まだよまだ!あと2分ちょうだい!今半分装填終わったところだから!」
向こうもてんてこ舞いになっているようだ。
「りょうか~い……ってフィーネ後ろ!」
カノンからの警告を受け取ったフィーネが咄嗟に後ろに身を避けると、さっきまでフィーネのいた位置に八本程度の弦がたたきつけられているところだった。
「あの化け物、なかなかやるわね。多分人間と戦うの今回だけじゃないわよ」
すんでのところで回避したフィーネが呟いた。
「自分より小さい身体をした生物が脅威になるって理解してるみたい。私を食べようとせずに殺そうとした」
「なるほど、一筋縄ではいきませんってね」
カノンがそれを聞いてにやりと笑う。彼女が持つサブマシンガンはフィーネが持つアサルトライフルより機動性に優れるが、威力に乏しい。しかしカノンは弦の群れを丁寧に分けると懐に飛び込み、傷口に銃弾を叩きこんでいく。
「命中率は悪いけど、外しようもない距離から打てば問題ないよね♪」
カノンが持つサブマシンガンは反動が激しく、命中精度はお世辞にも良いとは言えない。ただ至近距離でそれが気にならないように撃ってしまえば話は別だ。大量の銃弾を浴びたイントレアが悶えるように撃たれた箇所をかばっている。
「フィーネ、よろしく!」
銃弾を打ち尽くしたカノンが一旦後方に下がって再装填にはいる。その間フィーネが前線を受け持ち、その間にカノンが装填を済ませて終了次第、弾を打ち尽くしたフィーネと交代する。このサイクルが安定してできるようになれば、前線の二人は特に不自由なく行動することができる。
しかし、彼女たちがいくら銃弾を叩きこんでも、時間稼ぎにしかならない。
「コルト、まだ~?弾もったいないんだけど!」
カノンが無線機に向かって叫ぶ。リーダーは考えることが多い。一回の旅で使える弾丸には限りがある。ここはまだ道中だ。
「あと20秒!そろそろ行けるよ!」
「了解!じゃあフィーネと私で自分であとワンマガジンまでね!」
10秒で退避すれば間に合うだろうという予測をその場で立てる。
「フィーネ!あと10秒で逃げるよ!」
「了解」
イントレアの弦をよけつつ、フィーネが冷静に答えた。普段から口数の少ないフィーネだが、戦闘の際にはますます口数が減る。集中しているのだろう。
「あと8秒!」
とてもゆっくりとした時間が流れているのをフィーネは感じた。あと7秒、6、5とカウントダウンを刻むカノンは正確であるはずだが、イントレアが繰り出す蔓の一本一本がやけに楽に感じる。
「4!」
手にしたアサルトライフルが馴染んでからかなりの時間が経った。30発入りの弾丸をすべて打ち尽くし、カノンと最前線を入れ替わる。最初は言葉をいちいち交わさなければならなかったが、それも必要なくなってしばらくたつ。
「3!」
何かを察したのか、イントレアの動きが激しくなった。大きな身を支えるために使っているはずの蔓も二人に向かって振り下ろし始める。その一つ一つは確かに増えたが、今ならすべて避けられるとフィーネは思った。右から、左から、その一歩一本が明確な殺意を持って蔓が飛んでくる。しかしその一つ一つをフィーネは確実に避けている。
「2、1、ゼロ!フィーネ、走るよ!」
フィーネとカノンが背を向けて走り出す。突然逃げ出した二人を仕留めるべく、イントレアが蔓を出す。それをひとつひとつ丁寧に分けながら、カノンが無線で後方に指示を出す。
「コルト、ドルチェ!オッケー!燃やしちゃって!」
「は~いよ!」
元気な声が無線機から聞こえた直後、イントレアの身体が再び光輝いた。ドルチェの対物ライフルとコルトのロケットランチャーが同時に着弾し、巨体に火が付く。ずっと二人を追いかけまわしていた弦ごと、コルトとフィーネが消し飛ばしていく。ひと呼吸おいて音と風圧がカノンとフィーネが隠れた岩の周りを駆け巡る。
熱風を入れないように息をふさぐ二人を超えて、爆風が化け物の全身を包んだ。
少したってから、カノンたちが焼け焦げた巨体を眺めにきた。先ほどと違うところは、武器を携帯していないところである。
「ふい~!燃やした燃やした~!やっぱりここまで派手に燃えてくれると気持ちの良いものがあるね~」
以前は怪物だった有機物の焦げた塊を眺めながらコルトが物騒なことをしゃべっている。自分の作った武器で成果を上げることはなかなかの達成感があるのかもしれない。
「毎回こうだといいんだけどね、えへへ……」
ドルチェが続けた。マエストロの後衛であるコルトとドルチェだけで用が済んでしまう戦闘の場合、メンバーは自分の身体に危険を背負うことなく片付けることができる。何百メートルも離れた敵にひたすら火力をぶつければ良いだけだからだ。
「まあね~、でもあいつら群れたりするし、人間だとこうはいかないからね~」
カノンが苦笑いで答えた。イントレアは種によっては群れる性質を持つ。また相手が人間である場合は多人数で攻めてくるだけではなく、それぞれが考える頭を持っている分だけイントレアとはまた違った厄介さがある。
そうなったらカノンとフィーネの出番となる。二人で前線を構築して、後衛の二人が力を発揮できる環境を整えるのである。二人の動きやすさを重視した装備とヴァリアントの能力を生かせば、普通の人間数人以上は戦力として計算することができる。
「でもよかった~。今回もみんな無傷だね!」
ドルチェがそう笑顔で話した。
「いっつもそうだけど、後ろで前を向いているとはらはらしちゃってさ。まあよけきれるのは分かってるんだけどね」
コルトが続けた。コルトとドルチェは、カノンとフィーネほど良い動体視力を持ち合わせていない。前線を守る二人の戦闘は、ヴァリアントを以てしても把握できないところに達している。知識では分かるのだが、身体での理解はおいつかないのだろう。
「あはは。でもあれだけやってて、イントレアにとどめを刺せるのはコルトとフィーネだけだからね。あんなことできないよ、二人だけじゃ」
「目的地まではあと10分くらいかな。早く帰りたいし、さっさと行って済ませて帰ろう」
そのまま、何事もなかったかのように彼女たちは進んでいった。盆地の真ん中には、街があることが多い。水が集まり飲み水に苦労しないからだろう。廃墟の群れの中を進んでいくと、今回の目的地だ。




