追及。其の一
「事実は嘘をつかない」と、人はよく口にする。
だが実際には、それこそがひどく都合のいい嘘だった。
事実は、それ単体ではほとんど何の意味も持たない。誰かが異性の友人と出かけた。誰かが、先に暴言を吐いた見知らぬ相手に、つい声を荒らげてしまった。誰かが挨拶を無視したように見えたが、実際には聞こえていなかっただけ。どれも真実であり、否定する余地がないほど純粋な事実だ。
しかし、始まりを切り落とし、結末を隠し、その隣に誰かの言葉を添えるだけで、真実はそれを握った人間の声で語り始める。
俺は、そのことを多くの人間よりもよく知っていた。
ステージ、カメラ、インタビュー、雑誌の表紙、ネットに投稿される短い動画、他の芸能人との合同イベント。ここ数年の俺の人生は、無数に存在する本物の瞬間の中から、最も都合のいい一つを選び出すことで成り立っていた。俺が心から笑っていたとしても、それは俺が幸福だったことを意味しない。真剣に歌っていたとしても、黙りたいと思っていなかったことにはならない。人々へ心から感謝していたとしても、その心が彼らの期待や希望の重さに、今も耐えられているとは限らなかった。
だからこそ、この学院の誰かが同じことをしようとしたとしても、俺は驚かなかった。
驚いたのは、別のことだった。
大人たちが俺を一つのイメージへ作り変える時、少なくとも彼らはその商品の価値を理解し、何らかの形で相応の対価を支払っていた。だが、ここで行われていることは、あまりにも安っぽい。数枚の写真と、都合よく整えられた文章、そしてわずかな騒ぎ。それだけで、生きている人間が、学生たちの妄想によって歪められた物語を証明するための材料へと変えられていく。
俺自身についてなら、好きなだけ話せばいい。職業柄、そうしたことにはとっくに慣れていた。
だが、世間の先入観を恐れず、俺に手を差し伸べ、普通に話しかけてくれたというだけの人間まで巻き込まれた時、この一件は俺だけの問題ではなくなった。
俺は、正義のために戦う英雄ではない。ましてや、見返りを求めず誰かを助けられるほど善良な人間でもなかった。
なぜ黒瀬たちを庇おうとするのかと尋ねられたなら、俺は簡単にこう答えるだろう。
「自分のためです」
自分が重要な存在でありたいという欲求。影響力を維持したいという思い。他人の思い上がりに対する嫌悪。俺も、そうした感情と無縁ではない。俺や俺の周囲を利用して何点かを稼ぎ、今頃どこかで満足そうに座りながら、今回の一手は成功だったと考えている人間がいる。その事実を思い出すたびに苛立ちを覚えるような状況は、俺自身が望んでいなかった。
いずれにせよ、この一件には一つの疑問が残る。
真実をすべて見せず、必要な部分だけを切り取り、都合のいい角度から提示し、文脈を奪ったとしても、それはまだ真実と呼べるのだろうか。
✧ ₊ ✦ ₊ ✧
翌日になっても、教室の雰囲気は前日からほとんど変化していなかった。相変わらず重苦しい圧力が漂い、その場にいる者たちの気持ちを静かに沈ませている。
学院での一日には、本格的な行動を起こせるほど長い空き時間はほとんどない。授業の合間に存在する、唯一まとまった時間と呼べるものが昼休みであり、それを逃せば、あとは放課後まで待つしかなかった。
三十分の昼休みがあれば、友人と話したり、新しい噂について意見を交わしたり、アニメやドラマの最新話について語ったりするには十分だろう。だが、その時間内に食事も済ませなければならない以上、実際にはそれほど自由があるわけではない。
今日は、今後開かれる生徒会の審議に向けて準備を進めるつもりだった。もちろん学院には検察官も、それに相当する役職も存在しない。強いて近い存在を挙げるなら生徒会になるが、彼らに頼り切るわけにもいかなかった。どちらかと言えば、生徒会は告発する側ではなく、判断を下す側に近い立場だからだ。
つまり、必要な証拠はすべて俺自身で集めなければならない。
そのために選んだのは放課後だった。ちょうど部活動が始まる時間でもあり、話を聞くには最も都合がいい。
昼食は一人で外に出て済ませた。黒瀬と花房から一緒に食べようと誘われたが、昨日流された噂を、こちらからわざわざ事実らしく見せる必要はない。そう考え、丁寧に断っておいた。
授業が終わると、俺は荷物をまとめて教室を出ようとした。だが、二歩も進まないうちに黒瀬に呼び止められた。
「零、どこに行くの?」
「新聞部です」
嘘をつく理由はなかった。まして、彼女はこの問題に直接巻き込まれている。それに、超能力者でなくとも分かる程度には、彼女の問いは確認に近いものだった。
「私も行く」
美羽は迷いのない声で言い切った。
最初から彼女が何を考えているかは分かっていた。それでも、その言葉を実際に聞くと、わずかな失望を覚えずにはいられなかった。
「何をするために?」
「何をするためって、どういう意味?」
彼女は声を上げて反論した。
頬がわずかに膨らみ、顔には不満と、ほとんど怒りに近い表情が浮かんでいる。正直に言えば、少し可愛らしく見えた。もし彼女が俺の妹だったなら、思わず頬をつまんでいたかもしれない。
「零を助けたいの! そんなの、当たり前でしょ」
彼女の意図そのものを疑っているわけではない。問題なのは、それを実現するために選ぼうとしている方法だった。
「昨日、俺が言ったことを忘れたんですか?」
「……」
「俺を助けようとする必要はありません。まずは、自分自身を助けるべきです」
美羽の肩が目に見えて落ちた。
自分の言葉がきつく聞こえたことは理解している。だが、そう言わなければ説明するのは難しかった。人間同士の対立において、動機の強さは決定的な意味を持つ。それは、どのような世界でも変わらない。
たとえば、注目を集めるために役を欲しがる俳優と、その役を得られなければ業界に残れない俳優が競えば、十回のうち九回は前者が敗れる。最初から、物事の捉え方が違うからだ。前者は役を逃しても、「また別の機会がある」と考えられる。だが後者にあるのは、今ここで役を得るか、二度と機会を得られないかという、より切実な二択だった。
人間の強さは、自分が置かれた状況をどう捉えるかによって決まる。
「君が俺と一緒に行けば、俺たちが本当に何か後ろめたいことをしていて、それを見つかったように見える可能性があります。そうなれば、相手の言葉をこちらから肯定することになる」
「じゃあ、零が一人で行ったら?」
「俺に対する中傷へ異議を申し立てることになります。そして結果的に、それは俺たち全員に対する中傷への反論にもなる」
美羽は眉をひそめ、俺の目を真っすぐに見つめた。
「つまり、私は零の役に立たないってこと……?」
彼女は先ほどよりも、さらに落ち込んだ様子を見せた。
どうやら、少し言い過ぎたらしい。ここは多少、言葉を和らげたほうがいいだろう。
俺は彼女の頭に手を置いた。美羽はすぐに目を大きく見開き、下から俺を見上げてくる。
「役に立たないわけではありません。ただ、今はそういうことを考える必要がないだけです。まずは自分のことを心配して、必要な時に自分の言葉で話してください。それだけで十分に助けになります。残りは俺が何とかします」
彼女の耳が赤くなったように見えた。美羽は勢いよく顔を逸らして一歩後ろへ下がり、俺の手だけが行き場を失ったまま空中に残る。
「……分かった」
俺は頷き、彼女へ微笑みかけてから教室を出た。
新聞部は、生徒会と同じ校舎に置かれていた。そもそも、運動部以外の部活動はほぼすべてこの建物に集められている。違いがあるとすれば、生徒会室が職員室の近く、学院の管理部門と同じ階にあるのに対し、各部の部室は他の階へ分散している点だった。
学院のアプリを使えば、目的の部室はすぐに見つかった。便利なインタラクティブマップが用意されていたからだ。この学院はかなり広く、一般的な高校というより大学に近い。生徒数自体は大学よりはるかに少ないものの、一年生や転入生が最初のうち道に迷いやすいことに変わりはなかった。
特に、俺のように普段あまり訪れない部室を探す必要がある人間にとって、この機能はかなり便利だった。
目的の扉をノックし、中から短い入室の許可が返ってくると、俺は扉を開けた。
「失礼します」
そこに広がっていたのは、生徒会室とはまるで異なる空気だった。高森の管理する生徒会室にも慌ただしさはあったが、あちらは統制され、整然としていて、どこか無菌室のような印象すらある。それに対し、こちらは完全に正反対だった。
「おい、村田! 去年の学園祭の記事、切り抜きを持ってきて!」
「は、はい! 今持っていきます、先輩!」
部屋の至るところに書類が散らばっていた。生徒たちは忙しなく行き交い、何かを書いている者、ファイルを調べている者、メモの貼られたホワイトボードの前で言い争っている者もいる。まるで、速報記事を締め切り間際に仕上げようとしている本物の編集部へ迷い込んだようだった。
部屋の奥にある大きな机には、俺が入ってくるまで何かの作業をしていた女子生徒が座っていた。彼女は俺に気づくと笑みを浮かべ、手招きするようにこちらへ合図した。
ちなみに、彼女以外で俺に注意を向けた者はほとんどいなかった。誰もが自分の仕事へ深く没頭しており、彼らにとって外の世界は、一時的に存在しなくなっているようだった。
「これはこれは。学院の英雄様が、わざわざ取材を受けに来てくれたのかしら?」
女子生徒は皮肉を込めてそう言った。
「私はハセガワ・カナ。二年C組よ。よろしくね、伊弉波くん」
彼女に対する第一印象が悪かったと言うだけでは、ほとんど何も言っていないに等しい。昨日の記事が上手くいったことへの満足感が、全身から滲み出ている。俺を見るその目は、まるで大当たりを引き当てたギャンブラーのようだった。
「こちらこそ、ハセガワさん。ですが残念ながら、今日は取材を受けに来たわけではありません。すでに十分、素晴らしい記事を書き上げているようですから」
「ふふっ。それは否定しないわ。気に入った? 記事としては大成功だったって、あなたも認めるでしょう?」
俺は胸の内で深くため息をついた。
報道というものが、内部でどのように成り立っているのか、俺は詳しく知らない。多くの人間と同じように、その仕組みを大まかに理解しているだけで、普段目にするのは完成した結果ばかりだ。それでも、ふと疑問に思った。報道の世界というものは、本当にこれほどの汚さと自己満足によって成り立っているのだろうか。
「認めるとすれば、標的を選ぶのがお上手だということだけです」
「ずいぶん物騒な言い方をするのね」
ハセガワは嘲るように語尾を伸ばしたが、俺は特に反応を返さなかった。自分が状況を支配していると思いたがる相手には、もうしばらくその感覚を楽しませておくのも一つの方法だ。
「いくつか質問をさせてもらっても構いませんか? あの記事に対する、ささやかな対価だと思ってください。それと、勉強のために興味深い発言はいくつか記録させていただきます」
「どうぞ」
彼女は興味なさそうに俺を眺めながら、変わらない笑みを浮かべて会話を続けた。その様子を見る限り、自分の記事を巡って近いうちに審議が開かれることは、まだ知らないようだった。
「では、遠慮なく」
俺は近くに置かれていた椅子を引き寄せ、彼女と向かい合うように腰を下ろした。
「掲載する記事を最終的に承認したのは、どなたですか?」
「私が部長なんだから、すべての記事は私を通しているわ」
彼女は迷いなく答えた。
俺はその言葉をスマホに記録する。
「それでは、純粋な興味としてお聞きします。カラオケに参加していた生徒たちには、取材を行ったんですか?」
「どうして?」彼女は質問で返してきた。「提供された写真だけで十分だったもの。私たちは捜査をしているわけじゃないのよ」
つまり、俺たちを撮影したのは、新聞部の部員ですらなかったということか。
「その写真は、誰から提供されたんですか?」
「あらあら、伊弉波くん。それは匿名の情報提供よ」
彼女は軽く、どこか楽しむように答えた。だが、その表情を見れば分かる。情報源が誰なのか、彼女は知っている。ただ今は、答えなくても許されると思っているだけだ。
「ハセガワさん。生徒たちが放課後にカラオケへ行くのは、私的な集まりではありませんか? そこへ踏み込むことを、異常だとは思わないんですか?」
「どうしてそうなるの?」
彼女は心から不思議そうな顔をした。まるで俺が、何かひどく馬鹿げた質問をしたかのように。
「時間帯に関係なく、生徒は学院の一員でしょう。仮に誰かが犯罪を起こせば、警察から学院へも事情を聞かれることになるわ」
「なるほど。では、授業時間外であっても、新聞部には生徒を評価する権利があるとお考えなんですね?」
ハセガワは笑みを浮かべた。
「人前に立つ立場なら、大衆の視線に耐えるべきよ」
「たとえその“視線”が、切り取られた断片を寄せ集めたものであっても?」
「私たちは、何もないところから事実を作り出したりはしない。広がりつつある兆候を誰よりも早く見つけ、それを全員に示すのが私たちの役目よ」
「素晴らしいですね。つまり新聞部が掲載するのは事実ではなく、将来的に起こるかもしれない“兆候”だと。これは記録しておきましょう」
「好きにすればいいわ。別に秘密でも何でもないもの」
俺が黙って内容を記録していると、彼女はさらに言葉を続けた。
「私たちの役目は、学院内の空気を誰よりも早く感じ取ることなの」
その表現に、俺は興味を引かれた。
「つまり、空気を伝えるのではなく、自分たちで作り出すということですか?」
「ふん」
彼女はどうでもよさそうに鼻を鳴らした。
「時には、その二つに違いなんてないのよ」
俺は口を閉ざし、改めて考え込んだ。
どこの学校でも、生徒同士の関係はこれほど陰湿なのだろうか。それとも、俺がたまたま特別な場所を引き当てただけなのか。最近は、そんな疑問を抱くことが増えていた。
「認めなさいよ、伊弉波くん」ハセガワは話を続けた。「あなたが気に入らなかったのは、記事そのものじゃないでしょう?」
「そうなんですか?」
「自分の仕事を他人に真似されて、それを自分に向けて使われたことが気に入らないのよ」
「俺の仕事?」
「理想的なアイドルというイメージ。動画の編集。写真を綺麗に見せるための角度や光。それに、カメラの前で浮かべるべき表情。あなたは、そういうものの中で生きている。私たちも同じことを、学院という小さな範囲でやっただけよ」
確かに、その点については否定できなかった。俺の仕事の大部分が、彼女の挙げたものによって構成されているのは事実だ。だが、それと新聞部の行為との間には、決定的な違いが存在する。
ハセガワが行っていることは、報道ではなく詭弁だった。すでに存在する事実を都合のいい順番に並べ、最初から広めたいと決めていた結論へ無理やり合わせているだけだ。
「違いは、俺が自分のイメージに伴う代償を、自分自身で支払っていることです。あなたたちは、自分が商品にされたことすら知らない人間を、勝手にショーウィンドウへ並べた」
その言葉に対し、彼女は何も答えなかった。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
俺は立ち上がり、短く頭を下げて部室を後にした。もう、ここで得るべきものは残っていない。
廊下へ出ると、扉から少し離れた場所に、目を引くほど明るい髪の少女が立っているのが見えた。彼女は飲料の自動販売機の前に立ち、まるでここにいることが世界で最も自然なことであるかのように振る舞っていた。
少女が振り返り、俺たちの視線が重なる。俺は彼女のもとへ歩み寄った。
「ここで何をしているんですか、美羽?」
美羽はいつもの笑みを浮かべながらも、少し拗ねたような表情で顔を逸らした。
「零が、一緒に来るなって言ったんじゃん……」
「それで、扉から十メートルしか離れていない場所にいるんですか?」
「ここの自販機のほうが、種類が多かっただけ」
なるほど。俺がそれを信じると、本気で思っているらしい。
もっとも、嘘であることがあまりにも明白だったので、あえて追及することはしなかった。
美羽は俺にラムネの瓶を差し出した。
「はい。私には甘すぎたから、零にちょうどいいと思って」
「どうしてですか?」
彼女の考えが、すぐには理解できなかった。甘い炭酸飲料が、なぜ俺に似合うことになるのだろう。
「零の甘ったるい性格にぴったりだから」
俺は笑みを浮かべ、その贈り物を受け取った。
「俺の性格は甘ったるくありませんよ」
「だから、せめて飲み物くらい甘ったるくしておけばいいでしょ」
「ははっ」
思わず笑い声が漏れた。
「ありがとうございます。喜んでいただきます」
「えっ……う、うん……」
美羽は一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに気を取り直し、いつもの明るい笑顔を浮かべた。
その後、俺たちは並んでその場を離れた。




