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トラブル。其の二

(伊弉波零視点)


午前中は、予想に反してかなり穏やかに過ぎていった。


正確に言えば、誰も互いの立場をこれ以上悪化させるような行動を取らなかった、というべきだろう。


俺が見た限り、この学院では、友人同士であっても他クラスへ気軽に出入りする習慣はあまりないらしい。そのため、外部の生徒が俺たちの教室へ直接踏み込んでくることはほとんどなかった。もちろん、廊下で俺のクラスメイトを捕まえようとする生徒は何人かいたが、黒瀬たちをはじめとした行動力のある連中が、それを許さなかった。彼女たちは真っ先に教室を出て、隠すこともなく他の生徒たちを庇っていた。


どの角度から見ても、問題はほとんど何もない場所から突然生まれたようなものだった。だが、別の見方をすれば、この状況にも多少の利点はある。奇妙な話だが、こうした事態は、共通の、しかもかなり抽象的な敵を前にして、クラスを一つにまとめるきっかけになる可能性があった。それは間違いなく、全員にとって悪い話ではない。


どうせ戦うことになるのなら、一人で戦うより、まとまっていたほうがいい。


もちろん、全員が同じ意見で一致していたわけではない。小栗、成田、佐藤――例の三匹のゴリラたちは、歪んだ表情で教室を出ていった。見たところ、今の状況を露骨に楽しんでいるようだった。


遅かれ早かれ、あの三人については決着をつける必要があるだろう。たとえ、そのために学院から追い出すことになったとしても。だが、今はそれより優先すべきことがあった。


俺は鞄からいつものロリポップとチューブ入りの食事を取り出し、それらをポケットへ入れて屋上へ向かった。廊下を歩いていると、生徒たちが好奇心や軽蔑を含んだ視線をこちらへ向けてくる。中には同情の色を浮かべる者もいたが、あのニュースがああいう形で流された以上、当然ながら少数派だった。


「ねえ、伊弉波くん!」


女子の声が俺を呼び止めた。


振り返ると、そこにいたのは源千晶だった。金曜日に俺を弓道部へ勧誘してきた部長だ。あの時、俺は実質的に彼女の誘いを完全に流し、入部をきっぱり断っていた。だが、今回は彼女一人ではない。引き締まった体つきの男子生徒を二人連れている。


「こんにちは、源先輩」


俺は彼女に向かって、礼儀正しく頭を下げた。


「何かご用でしょうか」


彼女の顔に、一瞬だけ笑みが浮かんだ。


それはあまりに短く、ほとんどの人間なら見落としていただろう。だが、俺は見逃さなかった。ファン、マネージャー、事務所の上層部と関わってきた経験のおかげで、そうしたわずかな表情の変化を拾うことには、嫌でも慣れている。


「あなた、大変なことになっているみたいね。あんな些細なことで、そこまで評価が下がってしまうなんて、少し可哀想だわ」


源先輩は、同情を滲ませた声でそう言った。


「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です」


俺はもう一度軽く頭を下げ、彼女の次の言葉を待たずに、その一団の横を抜けて屋上へ向かおうとした。昼休みはそれなりに長いとはいえ、無駄話に貴重な時間を費やせるほど余裕があるわけではない。


しかし、通してはもらえなかった。


俺が源先輩の横を通り過ぎようとした瞬間、彼女の取り巻きの一人が前へ出て、俺の進路を塞いだ。


「源さんはまだ話を終えていない」


彼は傲慢な口調でそう言った。


俺はその言葉には何も返さなかった。ただ、軽く首を傾げて源千晶のほうを見る。


「まだ何か?」


彼女は片手を頬に添え、目を伏せるようにして言った。


「やっぱり、うちの部に入らない? 根拠のない噂から、私たちがあなたを守ってあげられるわ」


彼女は再び、同じ提案を口にした。どこか上から目線で、まるで俺の答えをすでに分かっているかのような態度だった。だが残念ながら、俺の返答は今回も彼女の望むものにはならない。


俺は一瞬だけ彼女を見た。


確か、源先輩は総合ランキングで三位前後に位置していたはずだ。優れた身体能力、申し分ない成績、美貌、周囲からの注目、そして学院でも屈指の部活動を率いる立場。


おそらく、高森がいなければ、彼女は学院で最も優秀な生徒と呼ばれていてもおかしくなかった。


だが、この学院には高森がいる。ならば、源先輩に与えられるのは、せいぜい慰めとしての順位に過ぎない。


「源先輩は、どうしてその噂が根拠のないものだと判断したんですか?」


「え?」


源先輩は一瞬、動きを止めた。いつもの落ち着いた視線がわずかに揺れ、そこに純粋な驚きが浮かぶ。彼女の隣に立つ者たちも、同じように言葉を失っていたようだった。


「どうして、あの噂が根拠のないものだと決めつけられるんですか。もしかすると、俺は本当に、女子を誘惑するような最低の人間かもしれませんよ」


「……」


源先輩は黙ったまま、じっと俺を見つめ続けた。その驚きは、次第に警戒へと変わっていく。


「そんな疑わしい人間を、簡単に部へ迎え入れてもいいんですか?」俺はそこで短く間を置いた。「もしかすると、俺は先輩にも手を出すかもしれませんよ」


彼女の眉が、かすかに動いた。次の瞬間、俺は襟元を掴まれていた。


「おい、ガキ。言葉には気をつけろ」


彼女の連れの一人が、露骨な敵意を隠すこともなく俺に詰め寄ってきた。その目には、むき出しの憎悪がある。許可さえ出れば、今この廊下で俺を半殺しにしても構わないと本気で思っているような顔だった。俺はその怒りに対して、視線でも仕草でも反応を返さなかった。


「離しなさい」


源先輩が命じた。


「ですが……」


「聞こえなかったの?」


その声には、明確な圧が含まれていた。


男は従った。掴んでいた手を緩めると、俺から離れる。俺は落ち着いてパーカーを整え、服装と自分の見た目を軽く直した。その後、再び源先輩と視線が交わり、俺たちの間に重い沈黙が落ちる。


今の彼女の目には、興味だけでなく警告も含まれているように見えた。あるいは、脅しに近いものかもしれない。俺は、学院最高峰の部活動からの誘いを断った人間だ。それだけでも、彼女の誇りには十分触れているはずだった。それでも俺は再び説得に応じず、しかも少しの居心地の悪さすら見せなかった。


今、その居心地の悪さを味わっているのは彼女のほうだった。


「もうそのへんにしろよ」


教室のほうから、落ち着いた声が聞こえた。こちらへ歩いてきたのは、俺のクラスメイトだった。俺の記憶が正しければ、名前は田中翼。うちのクラスでも上位に入る生徒の一人で、ほとんど何でも器用にこなし、そのうえサッカー部にも所属している。


「何か用かしら、翼くん?」


源先輩は、ほとんど興味のなさそうな声で尋ねた。


それに対して、田中は静かに首を横に振った。


「このまま続けるなら、先生たちまで集まってきますよ。そろそろ終わりにしたほうがいいんじゃないですか」


二人は、まるで無言の決闘でもしているかのように互いの目を見つめ合った。数秒の間、誰も言葉を発しなかったが、結局、先に視線を逸らしたのは源先輩だった。


「……いいわ。行きましょう」


彼女は連れの二人に小さく頷き、彼らは黙ったままその後に続いた。だが、廊下を完全に立ち去る前に、源先輩は最後の一言を残すことを忘れなかった。


「私の提案、よく考えておいたほうがいいわよ、伊弉波くん」


そう言い残して、彼女は去っていった。廊下には、俺と田中だけが残される。


俺たちはその背中を見送った。それから俺は田中へ短く頭を下げて礼を言い、身体の向きを変え、改めて本来の目的地へ向かおうとした。


「伊弉波くん」


彼が俺を呼び止めた。


俺は今日、本当に屋上まで辿り着けるのだろうか。


そんな考えが頭をよぎったが、もちろん口には出さなかった。振り返り、いつもの笑みを作る。


「何か用ですか、田中くん?」


「少し歩きながら話せないか」


彼の意図はよく分からなかった。だが、少なくとも表面上、俺に対して敵意を向けているようには見えない。だから俺は、同意するように頷いた。どのみち屋上まで向かう道のりで話すことはできる。問題は、それが長引かないかどうかだけだ。


俺たちは並んで歩き出した。数秒の間、田中は言葉を選ぶように黙っていたが、やがて口を開いた。


「千晶ちゃんのこと、あまり怒らないでやってくれ」彼は少し寂しそうに言った。「あいつは冷たくて現実的に見えるけど、本当は自分の部と仲間のことを真剣に考えているんだ。そうは見えないかもしれないけど、君を勧誘しているのも気まぐれじゃない。ただ、部の将来を考えているだけなんだよ」


「……」


俺は、彼が彼女を名前で呼んだことを記憶に留めた。


「源先輩と知り合いなんですか?」


田中は答えるまでにわずかに間を置き、苦い笑みを浮かべた。


「そう言ってもいいかもしれない。昔は、かなり近い距離にいた。でも、残念ながら道が分かれた」


彼は一瞬、沈黙した。遠い過去の何かが、目の前に浮かんでいるようだった。俺はそれ以上聞かなかった。他人の記憶には、必要がなければ踏み込まないほうがいい。特に、本人がまだそれを見せるべきか決めていない場合はなおさらだ。


「なら、同じクラスの人間として忠告しておきます、田中」


俺は足を止め、完全に彼のほうへ向き直った。


「彼女は、自分がすでにしたことに対して罰を受けることになります」


俺たちの視線が交わった。


田中は目を逸らさなかった。むしろ、古い知り合いの行いについて、自分も責任を引き受ける覚悟があるように、まっすぐ俺を見ていた。その目には、すべてを理解している人間の揺るぎない決意があった。源先輩が作った問題も、俺の言葉が空虚な脅しではないことも、彼は分かっている。


それでも、彼はそれを受け入れていた。


「……俺が代わりに責任を取る方法はないか?」


彼は決意のこもった声でそう尋ねた。


だが、決意だけでは足りない。


俺は首を横に振った。


「すみませんが、罰を受けるべきなのは本人であって、他の誰かではありません。あなたの覚悟は評価します。ですが残念ながら、彼女はそもそも手を出すべきではない場所に踏み込んだんです」


田中は眉をひそめ、何かを考え込むような顔をした。


「それなら、俺が彼女の代わりに問題を解決したら、この件を終わりにしてくれるか?」


源先輩が作った問題を誰かが解決してくれるなら、それ自体は悪くない。普通の状況であれば、俺はその提案を受け入れていたかもしれない。だが、田中にとっては不運なことに、今はそれを許せる状況ではなかった。


「いいえ。この問題は俺が自分で解決します」


「つまり、俺には状況に関わる余地を一切与えないってことか?」田中はさらに眉を寄せた。「まるで、君がこの件に意地でもしがみついているみたいに聞こえるな」


彼の気持ちは理解できた。


完全に間違っているとも言えない。外から見れば、俺の態度は確かに、この状況をあえて手放そうとしていないように映るだろう。だが、俺には自分で終わらせなければならないだけの理由があった。これが別の問題であれば、俺も妥協を選んでいたかもしれない。


けれど、今は違う。


「すみません、田中。俺の判断は変わりません。時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした」


その頃には、俺たちはすでに階段の前まで来ていた。俺は助けてくれたことと話をしてくれたことに対し、もう一度田中へ礼を言うと、そのまま上へ向かった。


階段を上っている途中、踊り場で一度だけ振り返った。田中はまだ下に立っていて、どこを見るでもなく、虚ろな表情で空間を見つめていた。


彼が今、何を考えているのかは分からない。


そして、どんな重みが彼の心を縛っているのかも。



***


皆さん、こんにちは。Dancing Rainの作者です。


本作は私にとって初めての小説です。そのため、至らない点や見落としてしまう部分、うまく表現しきれていない部分もあるかもしれません。それでも、読んでくださる皆さんに少しでも楽しんでいただける物語を書けるよう、精一杯努力しています。


すでにお気づきの方もいるかもしれませんが、本作を書くにあたり、私は数多くの有名なライトノベル作品から影響を受けています。もちろん、それらを盗作としてではなく、あくまで「憧れ」や「インスピレーション」として受け止めていただければ幸いです。ただ、私自身ではそう意図していても、読者の皆さんの目にどう映るかまでは分かりません。そのため、私に影響を与えてくださった原作の作者の皆様には、あらかじめ深くお詫び申し上げます。


また、私は日本人ではなく、別の国で生まれ育ちました。そのため、文章表現や文化的な描写、細かな価値観の部分で、不自然に感じられる箇所があるかもしれません。その点についても、心よりお詫び申し上げます。


それでも私は、日本の文化や物語、そしてアイドル業界にずっと強い憧れを抱いてきました。本作を書くために自分なりに多くのことを調べ、学んできたつもりです。ですが、まだまだ未熟な部分も多く、もしかすると不適切な表現や誤った描写が含まれてしまうかもしれません。その際は、どうか温かく見守っていただければ幸いです。


この物語が、少しでも皆さんの心に届くことを願っています。伊弉波 零の恋模様であれ、毎日が戦場のようにも感じられるアイドル業界の問題であれ、何か一つでも皆さんの心に残るものがあれば、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。


拙い部分も多い作品ではありますが、それでも読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。


皆さんの応援が、私にとって何よりの励みになります。


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