短編 休日(黒瀬美羽視点)
目が覚めたのは、九時半だった。
ちなみに、私にとってこれはものすごーく早い!
別に自慢できることじゃないけど、私は昔から寝るのが好きだった。特に休日はなおさら。だけど、昨日クラスのみんなと伊弉波くんと遊びに行ったせいで……
「待って。違う、伊弉波くんじゃなくて、零!」
そう自分に言い聞かせるように口にした瞬間、私はベッドの上で勢いよく起き上がり、自分の両頬をぱんっと叩いた。
思っていた以上に大きな声が出てしまった。あまりに大きくて、すぐに恥ずかしくなり、私はそのまま枕へ倒れ込んで、頭まで布団をかぶった。
うぅ……私、何やってるんだろう……
だから昨夜、ほとんどまともに眠れなかったのだ。
昨日の零とのカラオケが、どうしても頭から離れなかった。
目を閉じるたびに、彼の姿がまた浮かんでくる。落ち着いた顔。優しい笑顔。そして、私たち一人ひとりに向けてくれた、あの柔らかい声。
すごく面倒見がよくて。
すごく優しくて。
それなのに……めちゃくちゃ格好よかった。
彼のおかげで、私たちはいつもよりずっと上手く歌えた。
正直に言うと、最初の彼はどこか別世界の人みたいに思えていた。私が一緒に来ないかと誘ったのも、本気で来てほしかったというより、どちらかと言えば礼儀に近かった。そして、認めるのは少し恥ずかしいけど、私も少しだけ先入観に引っ張られていた。みんなと同じように。
零みたいに有名なアイドルをカラオケに誘ったら、きっと自分の歌の上手さを見せつけてくるんじゃないかと思っていた。
でも、実際は全然違った。彼はみんなに優しかった。
もちろん、彼の中に少し距離のようなものは感じた。彼と他の人たちの間には、まだ薄くて見えない壁があるみたいだった。それでも彼は私たちの歌をちゃんと聞いてくれて、アドバイスをしてくれて、どう歌えばいいのか、どこを意識すればいいのかを丁寧に教えてくれた。
そんな人だなんて、全然思っていなかった。
それに、千花を助けてくれた。あの子があんなに上手に歌った時なんて……
「ほんっとうに、めちゃくちゃすごかったんだからぁぁぁ!!」
あ。
また大きな声を出しちゃった……でも、本当のことだし。
それから……
私は、零が私の髪に触れた時のことを思い出した。
どうしてあんなに平然とできるの!? すごく、すごく恥ずかしかったのに! でも、それと同時に、なぜか胸がざわざわして、今でもまともに思い出せないくらいだった。
いや、待って! 私、何考えてるの? 彼はただ、タブレットの画面を見るために私の髪をよけただけ。それだけだ。別に特別な意味なんて何もない。そんなことはちゃんと分かっている。なのに、彼の指が自分の頬の近くにあった瞬間をもう一度思い浮かべるだけで、顔が一気に熱くなって、心臓が胸から飛び出しそうなくらい大きく鳴り始める。
「んんんんんっ!」
私はお気に入りの犬のぬいぐるみを口に押し当て、その中に声を押し殺しながら、ベッドの上をごろごろ転がった。布団は足元のほうへずれ、枕はあちこちへ飛んでいき、それでも私はなかなか落ち着けなかった。やがて、その変なエネルギーが少しずつ抜けていくまで、しばらくそうしていた。
恥ずかしがる力もほとんど残らなくなった頃、私は仰向けに倒れ、息を荒げながら天井を見つめた。
「はぁ……はぁ……」
それなのに、最後にはタクシーまで呼んでくれた。自分で払ってくれて、しかも私たちが出発するまでちゃんと待っていてくれた。あれが普通の気遣いだってことは分かっている。たぶん、彼にとっては特別な意味なんてなかったのだと思う。礼儀正しい人が、当たり前のようにしただけ。
なのに、どうしてそれを思い出すと、また胸の奥がそわそわするんだろう。
「あ、そうだ! 連絡しなきゃ」
私はすぐにスマホを探し始めた。まず布団の上を手で探り、それから枕を一つ、二つ、三つと持ち上げて、ようやくその間に挟まっているのを見つけた。急いでLINEを開くと、零とのトークはすぐに見つかった。
ちなみに、彼にはアイコンがなかった。アイコンを設定していない人って、そういうことを気にしない年上の人だけだと、なんとなく思っていた。けど、よく考えると、それも少しだけ彼らしい気がした。
[黒瀬]おはよう、零! 今日もいい一日になりますように~。
メッセージを打ってから、送信する前に私は何度か読み返した。
ちょっと固すぎるかな? スタンプもいくつか送ったほうがいい?
いや、待って。いきなりスタンプを連投したら、面倒くさい子だと思われるかもしれない。それはだめ。落ち着かなきゃ。
「だめだめ」
私は小さな声で自分を止めた。
深く息を吸って、それ以上迷ってしまう前にトーク画面を閉じた。それからクラスのグループチャットに朝の挨拶を送り、千花にも個別でメッセージを送った。
それから私は、まだベッドから出ないまま布団にくるまり、楽な姿勢を取ってTikTokを開いた。とりあえず、動画を二、三本だけ見るつもりだった。
そのままさらに三十分ほどごろごろしていると、私の部屋のドアが開く音がした。中を覗き込んできたのはママだった。もうすぐ四十歳だなんて絶対に分からないくらい綺麗な人で、正直、私の隣にいると母親というよりお姉ちゃんに見える時さえある。
ママは私を見ると、その場でぴたりと固まった。そして次の瞬間、我慢できなくなったように吹き出した。
「あははははっ!」
「ちょ、ママ! なんで笑ってるの!?」
けれど、ママは止まる気配すらなかった。むしろ、私を見れば見るほど笑いが強くなっていく。私は何が起きているのかまったく分からなかった。待って。まさかママ、ついにおかしくなっちゃったの? 年齢的にボケが始まった? それとも、もっと悪くて統合失調症とか!? そしたら病院に連れて行かれて、パパとお兄ちゃんが仕事に行っている間、私が家のことを全部見なきゃいけなくなるの!? そんなの大変すぎるんだけど!
頭の中で勝手に家庭崩壊レベルの事態まで発展させていると、ママは突然スマホを取り出し、私の写真を撮った。
「え……?」
私は状況が飲み込めないまま、間の抜けた声を出した。
「あ、あなた……」
ママはまた笑い出しそうになりながら、なんとか言葉を絞り出した。
そしてスマホの画面をこちらへ向け、撮ったばかりの写真を見せてくる。そこには、頭から足先まで布団にきっちり包まれ、顔だけが外に出ている私の姿が映っていた。
「その布団、完全に芋虫じゃない! あははははっ!」
ママの笑い声と、写真に写った自分のあまりにも間抜けな姿のせいで、私の顔は一気に熱くなった。
「ママ、消して!」
「あははっ、やだ!」
私の必死のお願いにもかかわらず、ママはきっぱり拒否した。そして、私が追いかけてくることを最初から分かっていたみたいに、すぐ部屋から逃げ出す。もちろん、そんなの見逃せるわけがない。私は慌ててベッドから起き上がろうとした。けれど、少しでも動こうとした瞬間、足が布団に絡まった。
次の瞬間、私は鈍い音を立てて、ベッドから顔面から床に落ちた。
カシャッ。
カメラの音が聞こえて、私はゆっくり顔を上げた。すると、ドアの陰からまたママが顔を覗かせていた。その顔にはものすごく満足そうな笑みが浮かんでいて、手には当然のようにスマホが握られている。
「あははははっ!」
ただでさえ赤くなっていた私の顔は、さらに熱くなった。あと少しで、本当に恥ずかしさで爆発していたと思う。
「ママぁぁぁ!!!」
✧ ₊ ✦ ₊ ✧
その後、なんとか身だしなみを整え、シャワーを浴びて歯を磨いたところで、スマホにLINEの通知が届いた。自分でも気づかないうちに、私は笑顔のまま素早くロックを解除し、目的のトークを開いていた。
[伊弉波]おはよう、美羽。ありがとう。君も良い一日を♪
彼が私のことを名前で呼んでくれた。それだけで胸の奥がふわっと温かくなって、私は思わずスマホを胸に抱きしめた。
「えへへ……」
もう、しつこいと思われるかもなんて考える余裕はほとんどなかった。私はその勢いのまま、お気に入りの柴犬スタンプをいくつか送った。ちなみに、そう。柴犬は私の大好きな犬種なのだ。しかも、それにはちゃんと理由がある。
廊下から、爪が床を叩く聞き慣れた音が聞こえてきた。数秒後、舌を出したふわふわの茶色い雲みたいな子が、ビーズみたいにきらきらした目で部屋に入ってくる。
「ココちゃーん!~」
ココちゃんはすぐに私のほうへ飛び込んできた。もちろん、私は我慢できずに抱きしめて、力いっぱいもふもふした。
「なんて可愛いお顔なの! うちの子、ほんとに可愛いね! 大好き、大好きだよー!」
勢いよくココちゃんをもふったおかげで、私はココエネルギーを百パーセントまで補充した。これで、ようやく私の精神状態も安定したと言っていい。少しだけココちゃんを解放してから、私はもう一度スマホを手に取った。すると、零からもスタンプが返ってきていた。
彼がスタンプを送れる人だなんて、正直ちょっと意外だった。
それは、白い狐の綺麗なスタンプだった。
「えへへ……」
私は思わず小さく笑ってしまった。気づけば、ロリポップを舐めている白い狐というイメージは、彼にぴったりだと思っていた。可愛くて、気品があって、格好いい。少し手の届かない、おとぎ話の中の生き物みたいなのに、なぜかとても温かい。
「へへ~」
「美羽ー! 朝ごはん食べに降りてきなさーい!」
画面を見ながら一人でにやにやしていたちょうどその時、ママがキッチンから私を呼んだ。私は零が送ってくれたスタンプにいいねを押して、トーク画面を閉じる。それからスマホの画面を消し、ベッドから立ち上がると、ココちゃんと一緒に階段を駆け下りた。
早く月曜日にならないかな!




