短編 休日(伊弉波零視点)
土曜日。
目を開けた時、時計は午前十時を少し過ぎていた。
普段なら遅くとも九時までには起きているのだが、今回は身体のほうが、どうやらいつもより少し長い休息を求めていたらしい。
それが特別意外だったわけでも、大きな出来事に感じたわけでもない。ただ、それでも昨日の黒瀬やクラスメイトたちとの外出と結びつけずにはいられなかった。俺にとって、ああいう形の付き合いは慣れたものではない。自分でも気づかないうちに、普段以上に疲れていた可能性は十分にあった。
ベッドから起き上がらないまま、俺は手探りでスマホを探し、横向きに寝返りを打って画面のロックを解除した。
目が覚めてすぐ、最初にスマホへ手を伸ばすのは俺だけではないだろう。メッセージを確認する。通知を見る。あるいは、何も考えずに動画を流し見る。健康的な習慣とは言い難いが、だからといって珍しいものでもない。
いつものように、LINEには複数のトークで大量のメッセージが溜まっていた。個人宛のものもいくつかある。
特に重要そうなものはなかった。
クラスのグループチャットでは、昨日のカラオケについて話していた。誰の歌がどうだったとか、誰が楽しそうだったとか、誰が食べ物に夢中になりすぎていたとか。もちろん、来なかった者たちへの軽い弄りも含まれている。
もっとも、反応を見る限り、俺がいるからという理由で最初から来たがらなかった連中は、特に気にしていないようだった。
一方で、個人的な事情で参加できなかったクラスメイトたちは、チャット内でかなり積極的に残念がっていた。
いずれにせよ、深刻な話題はなかった。
新しいランキング制度について話している者はいない。少なくとも表面上は、バッジにも、その影響にも、それがクラス内の関係をどう変えていくかにも、誰も関心を向けていないように見えた。
そして、それは少しだけ安心できることでもあった。
俺は、新制度がクラスにとって大きな打撃になるのではないかと考えていた。空気が複雑になり、会話が慎重になり、生徒たちが互いをただのクラスメイトではなく、名前の横に数値を持つ競争相手として見るようになるのではないか、と。
だが、今の彼らにとって昨日のカラオケのほうが大きな関心事であるなら、少なくとも短期的には、そこまで深刻な問題は起きないのかもしれない。
俺はクラスのチャットを閉じ、学院全体のグループチャットへ移った。
そこでは、うちのクラスとは違って、ほとんど何も起きていなかった。昨夜、新しいランキング制度について遠慮がちな質問がいくつか投げられていたが、それに答えた者はいない。そして今朝になって、少し奇妙なくらい当たり障りのない週末の挨拶が数件あっただけだ。
学院内の全生徒が、実質的に競争相手になったことを考えれば、この静けさの理由は分かりやすい。
誰も、他人を積極的に助けたいとは思っていないのだ。
たとえそれが、単純な質問への回答のような些細なことであっても。
外から見れば、随分と小さなことに思えるかもしれない。だが競争の中では、そうした細部すら二の次ではなくなる。ある人間にとっては取るに足らない情報でも、別の人間にとっては優位性になり得る。
次は、個人メッセージとグループのチャットを確認する番だった。
個人メッセージの大半は、昨日のカラオケでの助言に対するクラスメイトたちからの礼だった。全員に、俺は大体同じような内容で丁寧に返した。大したことではなかった、と。
そして、それは事実でもあった。
自分の好奇心を満たすついでに、少し助言をしただけだ。大した親切とは言えない。
黒瀬と花房からもメッセージが来ていた。
まずは黒瀬のメッセージを開く。
[黒瀬]おはよう、零! 今日もいい一日になりますように~。
昨日の少し気まずい別れ方を考えると、美羽はしばらく俺との直接的なやり取りを避けるのではないかと思っていた。
だが、どうやらその予想は根本から間違っていたらしい。
むしろ逆だ。彼女は以前よりもさらに自由に振る舞うようになっている。昨日の夜で、俺たちの間にあった距離が少し縮まり、俺の反応や評価を以前ほど気にしなくなったのかもしれない。ある意味では、それは喜ばしいことでもあった。
[伊弉波]おはよう、美羽。ありがとう。君も良い一日を♪
メッセージには、ほとんどすぐに既読がついた。
続けて、美羽はハートや楽しそうな表情をしたシバ犬のスタンプをいくつか送ってきた。それを見て、俺は思わず、彼女は本当にどこかこの犬に似ているなと思った。
そして、彼女のアイコンをよく見て、もうひとつ気づいた。
俺はてっきりクマだと思っていたが、これもシバ犬だった。
アニメ調にデフォルメされているうえ、画像が小さかったせいで、すぐには判別しにくかった。だが、アイコンを拡大してみると、そこに映っているのが間違いなくシバ犬であることが分かった。
白い狐がロリポップを舐めているスタンプを返し、俺はトーク画面を閉じた。
次は花房だった。
彼女とのやり取りも、全体としては似たようなものだった。今日一日が良い日になるようにと送ってきて、昨日のカラオケでの助言についてもう一度礼を言われた。俺も彼女に良い一日を願い、そのまま短く挨拶を交わして会話を終えた。
残っているのは最後のトーク――『アイドル』タブだった。
そこには、グループ、マネージャー、社長、そしてレーベル所属のアイドルグループ全体の共有チャットが含まれている。ちなみに、その活動頻度は学院全体のチャットにどこか似ていた。こちらも、書き込みはそれほど多くない。
形式上、俺たちは全員同じ会社に所属している。だが実際には、各グループはファンの注目、広告案件、出演枠、プロモーションを巡って互いに競い合っている。そう考えれば、あの空気も特別不自然なものではなかった。
とはいえ、少し言い過ぎかもしれない。
競争が存在するのは事実だが、だからといって、グループのメンバー同士が完全に他人というわけではない。そこには明確な先輩と後輩の関係がある。しかも、それは言葉だけのものではない。かつて先輩グループのメンバーたちが俺を助けてくれたように、今度は俺が後輩たちを助ける側に回っている。
だから、仮に共有チャットが動いたとしても、その大半は悪意あるものではない。どちらかと言えば、抑制された距離感に近い。誰も必要以上に手の内を明かそうとはしない。だが、露骨な敵意があるわけでもなかった。
いずれにせよ、今確認すべきなのは西園寺とのトークだ。
[西園寺]おはよう、零。今日の十四時からグループでの撮影が入っているから、忘れないでね。
[伊弉波]おはようございます。リマインドありがとうございます。
形式上、俺は活動を一時的に休止している。だが実際には、それがすべての仕事に適用されるわけではなかった。
正確に言えば、俺が外されたのは生配信、インタビュー、ファンミーティング、ライブ――つまり、観客と常に直接関わり、人前に長時間立ち続ける必要のある仕事だ。
一方で、広告、グループのプロモーション、SNS用の短い動画撮影、楽曲制作には今も参加している。違いがあるとすれば、以前よりもスケジュールにかなり余裕ができたという点だけだった。
今日の仕事は単純だ。グループ全員で集まり、撮影を行う。
集合写真と、個人写真。
後日、それらは俺たちのSNSや雑誌、グループの公式サイトに掲載されることになる。一部の素材は、新しいアルバムかシングルに合わせて発売されるファン向けカードにも使われるはずだ。
グループのチャットでも、今日の撮影について話し合いが進んでいた。長谷川が皆を落ち着かせようとしている一方で、うちの末っ子である天津は、逆に期待でいっぱいになっているようだった。
[天津]零さん、いますか!? また会えるの、すごく楽しみにしてます!
天津陸。
彼はグループの中で最年少だ。まだ十五歳。俺たちが業界である程度の地位を築いた後に、後から加わったメンバーだった。
一般的に、デビュー後のグループが新しいメンバーを迎えることは少ない。ファンにとって、メンバー構成はすでに固定されたものになっているからだ。そこに変更が加われば、当然さまざまな疑問が生まれる。それでも、天津のために俺たちは例外を作った。
彼のラップパートとキャラクターは、俺たちのグループに驚くほど綺麗に噛み合った。それまで感じていた不足を、ちょうど埋める形になったのだ。ちなみに、彼を最初に見つけ、事務所に推薦したのは俺だった。
もちろん、それは本当に誇れるようなことというより、いくつかの偶然がうまく噛み合った結果に近い。それでも、その時のことを思い出すたびに、わずかな満足感を完全に消すことはできなかった。
それに、天津は俺にひどく懐いている。
本人いわく、オーディションを受けたのも、俺に会えるかもしれないという可能性があったかららしい。俺のことを憧れの存在だと思っていた、と。そしてグループの一員になった今でも、その憧れは消えていない。
正直に言えば、そのせいで時々少し居心地が悪くなる。
今の彼は長谷川さんと同じくラッパーのポジションにいて、その役割を十分に果たしている。年齢のわりに、仕事中の彼はかなりしっかりしていた。だが仕事の外では、まだ些細なことで簡単に目を輝かせる、普通の十五歳の少年でもある。
[伊弉波]みんな、おはよう。陸もおはよう。俺も会えるのを楽しみにしてる :)
控えめに返信してから、俺はチャットを閉じた。
時計はすでに十時半を示していた。
撮影まで、あと三時間ほどある。移動時間を考えれば、自由に使える時間は二時間半程度だ。
もう少しだけベッドの中でだらだらしてから、俺はようやく気力を集めて起き上がった。
俺の休日は、平日とそこまで大きく変わらない。
まず顔を洗い、部屋着に着替える。もっとも、どこにも出かける予定がなければ、パジャマのまま一日近く過ごすこともある。そこに特別な意味はない。家にいる限り、俺を見る人間など誰もいないのだから。
その後、簡単な朝食を用意する。あるいは、それすら面倒な時は、栄養補助食品のパックをいくつか取るだけで済ませる。食事中はスマホを取り出し、TikTokの短い動画を見たり、何も考えずにSNSのタイムラインを眺めたりする。
ただ、時々面白い漫画やアニメ、ライトノベルに当たることもある。そういう時は、そのまま長時間読み続けたり、観続けたりしてしまう。
とはいえ、基本的にアニメは作業用の背景音になることが多い。
たとえば、勉強をしながら流しておく。あるいは歌詞を書く時に、横で再生しておく。天津やレーベルのアイドルの誰かにゲームへ誘われた時も、そういう“ながら視聴”は意外と相性がいい。
もっとも、ゲームにはあまりのめり込まないようにしている。
興味がないわけではない。ただ、どんな習慣でも、自由を与えすぎれば、いずれ仕事の時間を奪い始める。
そして俺の職業において、時間は無駄に使っていい資源ではない。
いずれにせよ、今日の俺はTikTokの動画を眺めながら、ただ食事をしていた。
食事を終えると、俺は時計に目を向けた。
もう十二時半だった。
撮影まで一時間半。渋滞がなければ、移動には三十分ほどかかるはずだ。だが、そこまで楽観的に考えるのは危険だろう。早めに出ておくべきだ。
普段ならグループのメンバーは、マネージャーやスタッフが車で迎えに来る。だが俺だけは、ここでも例外的に、自分で現場へ向かうことが許されていた。
一見すると、それはある種の自由に見える。
だが、実際にはそこまで便利なものでもない。
迎えが来るなら、指定された時間までに準備を終えておくだけでいい。ルートや渋滞、到着の遅れに関する責任は、マネージャーや運転手が負うことになる。だが自分で向かう場合は、すべてを事前に考えておかなければならない。道順、渋滞の可能性、駐車場所、人に気づかれる可能性、その他細かな要素をいくつも。
自由はたいてい、面倒事とセットでやってくる。
俺はラフな外出着に着替え、マスクをつけ、玄関の鍵を閉めて家を出た。
時刻は十二時五十分だった。
当然、現場まで一時間もかけて走るつもりはない。だが、仮に早く着きすぎたとしても問題にはならない。スタイリストやメイク担当、その他のスタッフは、準備のためにいつも早めに現場入りしている。俺がいても邪魔にはならないはずだ。
むしろ、衣装やスケジュールに何か修正があるなら、早めに知っておいたほうがいい。
俺はバイクに跨り、スマホでGPSを開いてルートを設定すると、そのまま走り出した。
今日も、少し面倒な一日になりそうだった。




